ボストンバッグの中で大人しくしていたクロエが、息苦しそうに顔を出した。クロエは、地面の上で動くテディ・ベアを見降ろすと、好奇心に鼻先を動かせたが、蒼白したエルに気付くと耳を伏せて、助けを求めるようにログへ視線を向けた。

 扉を開けたログが、後ろにエルが付いてきていない事を確認して、むっつりとした表情で戻って来た。彼はクロエの視線に気付くと、「お前は、賢い猫だな」とぎこちなく言い、その場で膝を折った。

 ログは、戦意喪失した人形達の惨状をチラリとだけ確認し、それから、エルのズボンの裾にしがみつく人形の手をそっと外した。彼は攻撃の意思のない人形とは目を合わさず、いつもの罵倒も口にしないまま、エルの背中を押して城の扉まで誘導し始めた。

『帰れナイ。あの子は、連れ出されタクナイノ。帰りたクテモ、もウ、帰れないノヨ』

 テディ・ベアの泣き声が、遠くで聞こえた。ああ、ここにいる人形達は泣くんだなと、目の前で口を広げる城の入り口の前で、エルは優しく背中を押す大きな手の熱を覚えながら、それに逆らうように足を止めた。