「ないよ。多分さ、こっちにはまだ来てないんだ。きっとこれからだよ」

 その息子は、頬肉を揺らしながら再びむしゃむしゃと食べるのを再開し、ネズミも、もらったおこぼれの菓子のカケラを、同じように夢中になって齧り始めた。

 婦人は、いつの間にかテレビの前の汚いソファに陣取り、画面に見入っていた。

「ほら見て! すごいわ、こんなにたくさんの映像があるんだから!」

 そう興奮気味に言って、冷めたフライドホテトを引き寄せる。本物なのか偽物なのかも分からない。僕は、テレビに映った見慣れない飛行物体を最後に掃除へ取り掛かった。

 いつも通りの時間にきっちり終わらせ、次に二号室に向かってみると、既に錆びた扉が開いていた。一号室の掃除が終わる頃、いつもそうやって入り口を開けて待っているのだ。

 この日も、その部屋は汚い服や、使用済みなのか違うのかも判断出来ない服が玄関手前まで散乱していた。住んでいるのは、僕よりも二つほど年下のカップルで、もっもと仕事が楽ではない部屋だった。

 流し台は、たった一晩でゴキブリがわくほどごちゃごちゃになり、食べ物のソースや汁やジュースが床にまで散ってへばりついている。トイレは尿の飛んだあとがあるし、また妙な物でも食ったのだろうと思われる吐瀉物の一部が古い便器に残っている。

 この部屋のトイレは、水の出が悪いので連続で入ると手動で水を汲んで、タンクに追加してやらなければならないのだが、残念なことに、彼らは特に構う必要もなく無視しておける性質だった。

 暇さえあれば交わりに熱中する若き部屋主達のパイプ式ベッドや、なんのためにあるのかも分からなくなるほど淫らに汚れた浴室もそうだ。ひどい時は、狭い廊下にまで泡風呂の残り湯でぐしょぐしょになっているし、ニコチンで黄ばんだ仕切りカーテンも半分外れてぶら下がっていたりする。