そこには、めちゃくちゃになった足場の隙間から、僕を窺う小さな黒い目があった。それはこの部屋に住んでいたネズミで、僕は痩せてスマートになったネズミを見て、すぐそのことを思い出した。

 そいつは、粒のような鼻をひくつかせ、そろり、そろりと姿を見せた。

 いつもブラッシングされていたような体毛は、すっかり薄汚れ、足元も弱々しく痩せてしまっている。温室育ちのそいつにとっては、今が栄養失調に近い状態なのか。

 ネズミは、僕のことを覚えていないようだった。一度後ろ足でふらふらと立ち上がって鼻を動かしたあと、メシをねだる様子もなく、途端に四つんばいになって床に顔を押し付け、すさまじい執念のような細かく素早い動きで餌を捜しにかかった。

 小さな屑を拾ってはかぶりつき、食べられないことに気づくと捨てる。そいつは床に散らばった衣類や割れた食器やゴミなどの上を、小さな身体で懸命に踏み越えて、何度も何度もそれを繰り返した。

 僕は、片膝をついてネズミを近くから眺めた。

「手の届くところに、必ず食べ物が約束されているなんて、ないんだよ」

 ネズミは言葉を理解しているのか、再び後ろ足で器用に立って僕を見た。濡れた瞳は、探しても探しきれない食べ物に悲しんでいるのか。それとも、彼の視線からだと見渡す限りの荒れ狂った世界に打ちひしがれているのか。再びやってくる夜の寒さに、たった一匹で耐えなければならないことに怯えているのか、僕にはまるで分からなかった。

 しばし見つめ合っていたネズミが、鼻をひくつかせると、忙しなく辺りを見回した。右を見やって僕に目を戻し、左を見やって再び僕を見る。

 彼はきっと、もう気付いているのだろう。守られていた自分の世界が終わってしまったこと、そうして何もかもが一変にして、全て一気に失われてしまったことを。――僕には、何故だかそう思えた。