僕は先日の記憶を振り返りながら、一号室を踏み歩いた。婦人を撃ってから、その足で彼女の夫と太った息子を殺した。背中から心臓めがけて何発も撃った時、僕は、今と変わらず冷静だった。けれど記憶は鮮明に刻まれているというのに、ここで自分が三人の人間を殺したのだという実感は、まるで蘇ってこなかった。

 僕は、太った息子が倒れた先の部屋へと進み、そこにある窓から下を見やった。

 傾いた午後の眩しい日差しを受けた通りには、たくさんの人が集まっていた。怪我人を手当てする人、三日間の夜についてぎこちなく談笑するいくつかの人、よれよれの白衣を着て走り回る小柄な丸眼鏡の若者。

 壁に背を持たれて外部の人間に苦労話を聞かせる老女、そんな彼女を気にかけるように見やりながら煙草をふかせる男の労働者グループ。することも分からず、隅に座り込んで通りの人々を眺めている若者達……。

 テレビの世界の人間が、色彩のない町に突如として現れたような賑やかさがあった。僕の目に収まる短い範囲に、たくさんの人間の物語が同時に進行している。

 そんな目まぐるしくも飽きない光景を見ていると、何故だか肩から力が抜けていった。しばらくもしないうちに、ふと、僕は口寂しい空腹感を覚えた。

 何が食べたいかは浮かんでこない。ただ、食べるという行為がしたくなった。そういえば、喉もすっかり乾いてしまっている。通りのテントの一つに、食糧を配給している場所を見て、僕はゆっくりと踵を返した。

 その時、通りの賑わいを聞くのをやめた僕の耳が、室内から上がった微かな物音と気配を拾った。ごく小さな反応だった。しかし、まるで何者かに促されるように、僕は立ち止まって自然とそちらを振り返っていた。