「俺も、一旦戻らなきゃならん」

 走っていくツエマチ君の後ろ姿を見送りながら、シズノが鼻から短い息をもらしてそう言った。

「なぁ、あんたは『先輩』とやらなんだろ? あいつ、俺が見つけた区で、たくさんの友達とはぐれちまったみたいなんだ。よかったら、ちょっと気にかけてやってくれよ。なんだか昔死んじまった弟に似ていてさ、ちょっと心配なんだよ」
「うん、分かった」

 僕は、そう答えた。暴動が起こる前のツエマチ君との会話のことは、最後まで一つも口にしなかった。結局、ツエマチ君は大きな流れに巻き込まれて、革命の名のもとに翻弄されたのだろう。

 僕から見れば、ツエマチ君はまだあどけないままの子供だった。人を傷つけるだけでなく、命を奪うというとりかえしのつかない行為に対して、微塵の疑問も抱かなかった大人達と同じだとは考えられなかった。

 シズノと別れたあと、ぼくは見慣れた町の荒廃した様を眺め歩いた。

 アパートD棟の駐車場には、破壊された車が二つと、死体が引きずり出された際の生々しい残酷な血痕だけが残されていた。誰もが目の前のことに精一杯で、強奪し尽くされた建物は似たような廃墟感を漂わせて、そこに出入りする人間に注意を払う人もいない。

 僕は、まずアパートD棟の前に立ち止まり、ぼんやりとヒビ割れた各部屋の六個の小さな窓ガラスを数えた。それからしばらくして、通い慣れたそこになんとなく足を向けた。

 食べ物で溢れていた一号室は、足の踏み場がないほど荒らされていた。食器類が割れ、カーテンは引きちぎられ、テーブルの上にあったものが衣類の山を崩してぶちまけられている。婦人の遺体があった場所は、やや足場のスペースが余っていた。