「でも、お腹は空いていないんだ」

 胃袋は空っぽだったが、胃がもたれているような膨張感で、何も喉を通りそうになかった。少し眠ればそれも変わるだろうかと考えるが、今までどうやって自分が睡眠を取っていたのか思い出せない。

 すると浮浪者は、気を悪くするわけでもなくニカッと笑った。

「兄さん、緊張しっぱなしなんだね。きっと気持ちが落ち着いていないだけさ」

 彼は僕の手を取ると、そこに柔らかいパンを一つ乗せる。

「食いたくなったら食えばいいさ。そうしたら、動く体力も戻ってくるし、きっと、出歩きたくなるに違いないんだから」

 じゃあまたな、と彼は笑顔を残して騒ぎの向こうに見えなくなっていった。

 僕は、座り込んだ足の上にパンを置き、収拾のつかない暴動をぼんやりと眺めた。心なしか、今なら眠れるような気がしてきた。

 このまま目を閉じて意識を手放してしまったら、もしかしたら、巻き込まれてそのまま死んでしまうことだってあるのかもしれない。でも、僕は、僕が死んではいけない理由も見つからなかった。

 僕は自然と瞼まで重くなってきて、片膝を抱えるようにしてそこに頭を乗せ、目を閉じた。

           ◆◆◆

 ふっと意識が戻った時、僕はまだ息をしていた。

 目を開けると、そこには眩しい朝陽があった。薄くヴェールのかかったような青い空の遥か向こうを、すさまじい速さで飛び交う何かが見えたけれど、その正体を探究しようという思いは一欠けらも浮かばなかった。

 がたがたと煩い振動が、身体を揺らしていた。身を起こして確認した僕は、自分が今、数人の男達と一緒に貨物車の荷台に乗っていることに気が付いた。

 すると、汗と汚れにまみれた男達の中で、頬に擦り傷を負ったツエマチ君が「先輩!」と表情を輝かせて呼んできた。