しばし見つめていると、彼が首を少し傾げてきた。

「食べないの?」
「君の方が、ガリガリに痩せ細っているじゃないか」

 僕は、男をじっと見つめたまま静かに言葉を続けた。

「今にも病気で倒れてしまいそうだ。僕は若いから平気なんだ。だから君が、僕にあげようとしているそのパンもしっかりと食べて、たくさん食べて体力を付けるといい」
「あっはっはっ、兄さんは面白いこと言うねえ。んでもって、底なしの『おひとよし』だ。あんた、よく今日まで生きていてくれたよ。俺の知っていた素敵な兄ちゃん達、みぃんなひどい目に遭って、苦労して苦労して、使われるだけ使われて死んじまったんだ」

 彼は思い返すような笑みを浮かべて、伸び放題になっている頭髪の中をガリガリとかきながらそう言った。

「なぁ大丈夫なんだよ、俺はちっとも平気なんだ。このかた病気をしたことなんてないし、食べれる時に食べて、寝たいときには寝る。楽なもんだよ。兄さん、生きているんだから、少しでも食べなきゃ、ね? それに俺、まだまだいっぱい持ってるんだ」

 男が、パンの入った袋を掲げて見せた。自分がこれを分けてもらえた経緯を話し出した彼の後ろで、例の車から四人の家族が引きずり降ろされる様子を僕は見やった。後部座席にいたのは青年期に近い二人の少年で、そのうちの一人は、どこかの太った息子に似ているような気もした。

 怒りと憎悪に染まった群衆が、そのたった四人にワッと襲い掛かって、彼らの姿はあっという間に大勢の人々の波の中に呑まれて見えなくなる。

 そこから聞こえる憎しみの罵声と、死を感じる悲痛な悲鳴を聞いていた僕は、そこで説得の一つのようにパンを沢山もらった話を終えた男へと目を戻して、こう答えた。