頬を撫でる風の感触を残して、目を閉じた僕の五感が遠のいてゆく。途端に、世界にとっては僕なんてちっぽけな存在で、ほとんどの人間が僕なんて男を知らないでいて、そうして僕がこれまで抱いていた現実の世界なんてものは、とてもちっぽけに思えて。

「――嗚呼、結局はどうだっていいじゃないか、そんなこと」

 僕は、ぱちりと目を開けた。現実であるだとか偽物であるだとか、テレビやラジオのニュースがデマだとか実は何かを隠そうとしているだとか、どっちでもいい。

 今、僕の目の前に広がるこの現実こそが、僕や、ツエマチ君や、そうしてカナミ先輩や、自殺していった同僚達や、道端で理不尽にも「俺は偉い人間なんだぞ、尊重しろよこのクズ部下が」と、暴行の末に捨てられて死んでしまった者だったり――これがここで生きる僕らの、そんな僕達の同じく抱える現実なのだ。

 僕は、いつも通りベッドに横になった。

 そうして、体内時計は狂うこもなく決まった時間に僕を目覚めさせた。

 ソーラーパネルで動く時計の、剥き出しになった針が起床時刻を指している。いつもなら白んでいるはずの空の姿を、窓の向こうのどこにも見ることが出来なかった。

 そして、無数の輝きすら消えた空は、生まれて初めて見る「本当の真っ暗闇」だった。

 星の輝きがない、一色の黒い空。

「空がない」

 そんな一言が僕の口の中にこぼれ落ちる。世界に対する大きな違和感が頭をもたげ、しばらくそのままでいると、遅れた朝食に不満を持った胃袋がきゅうっと音を立てた。

 僕は用を済まし、狭い流し台からちょろちょろと出る水を使って髪と顔を洗うと、タオルを濡らして身体を拭いた。乾燥したパンをコップに入れた水に浸し、口にする。