僕は彼を見送ると、最後の片付けのため自分のロッカーへ向かうべく会社の中へ戻った。冷房の利いた社内には、相変わらず上司が一人だけでいて、明日の業務日程が記された用紙を睨んでいた。

「他の連中はまだか?」

 僕に気付くと、彼は顔を上げて怪訝そうに顔を顰めてきた。恐らくは、夕刻の時間から始まるという「三日間の夜」の、太陽が隠れるという現象を見がてら早く帰りたいのだろう。

「現場まで少し距離がありますからね」

 僕は今日に限ってはとくに早く帰りたい上司に、察しつつそう相槌を打った。ウチの会社には、がたがたと今にも死にそうな音を立てて走る錆だらけのバンが二台あったが、ほとんどの社員は、燃料代をケチる上司の指示で、徒歩で荷物を担いで仕事にあたっている。

 上司は、面白くもなさそうに椅子に背を持たれた。

「ウチの妻達も、地球外交流やら宇宙船やらと騒いでいたがね。あれは地球産のバカデカい巨大住居型宇宙船とやらじゃなかったのか? 惑星関係だと専門家はずっと発表しているわけだが、まぁ、三日間の夜ねぇ。一体どうなることやら」

 彼は曇った窓ガラスから見える、まだ眩しい外へと目をやった。気楽な傍観者達が、彼と同じようにして時々外を眺める様子を思いながら、僕はしばらく立ち尽くしていた。

「お疲れさまでした」

 僕はようやくそう言った。

「ああ、また明日」

 そう上司が上の空で答える。そうそう、明日は多めに君の分の珈琲をいれておいてやろう。夜がしばらくは続くみたいだから、うっかり勘違いして眠くなったりしたら大変だ……

 本当にそうするのかなんなのかも分からない彼の笑い声が、フィルターの向こうから聞こえるように遠く感じた。僕が冗談というやつさえ理解することができず、ぼんやりしていると、上司が「やれやれ」と肩を竦めてこうシメた。