「ツエマチ君。もし、徹底して人間らしさを手放したとしたら、その時、最後に残る醜くておぞましい思考は、歯止めのきかない人間の欲や悪意そのものなんじゃなかろうか。そうしたら君は、君が大切に思っていることすら、きっとよく分からなくなってしまうと思う」

 今の、僕みたいに。

 ツエマチ君は、ちょっとよく分からないというような顔をした。僕の目の中に解答でも探すみたいに、まじまじと見つめてきたかと思ったら、少し照れた少年みたいにして離れた。

「先輩とこんな風に長く喋ったの、なんだかはじめてな気がします」
「そうかもしれないね」
「でも先輩が笑ったのは、ここ四年一度だって見たことがないです」

 僕自身、覚えている限り自分の笑顔を知らないでいた。

「じゃあ、また明日」

 僕か手を軽くあげて挨拶すると、彼のまだ幼さが残る顔に苦笑が浮かんだ。彼は「先輩にはかなわないなぁ」と言いながら頬をかいたのち、「また明日」と返してきた。

「俺、実をいうと、先輩のこと結構好きですよ。あっ、いえ、その、別に変な意味ではなくて、ですね……美人系というか、ああ、そうではなくって! えっと、空気がすごいきれいというか、人として尊敬できるというか……えぇと、その、いつも落ち着いていて、先輩ってすごく大人なんだなぁって……あの! 今度、俺の仲間を紹介しますから」

 彼は目の奥に使命感や正義感を再び灯すと、勇気づけられたように笑い、明日起こす行動に加わらないかといった詳細事項について再び出すことがないまま、最後にそうとだけ告げて道の方へ駆けて行った。