「先輩の部屋には、テレビありますか?」

 そうツエマチ君が訊く。僕は「ないよ」と答えてこう続けた。

 でもお客さんの部屋ではずっとその話題ばかり流れていたし、食堂でもどこでも、設置されたテレビでは、いつも三日間の夜の話とかで持ち切りだったからね。それに、たいていの人が噂しているから……。

 だから報道されている内容は知っているのだと、僕は述べた。すると、

「ただ夜が続いて、そのあと新しい時代が始まるなんて呑気ぶるのは、大間違いじゃないスかね?」

 不意に、彼が形のいい引き締まった唇の角を、くいっと持ち上げて言った。

「新しい時代が始まるなんて言っているけど、どうせ俺らを除くってところでしょ。ここの連中は、誰一人そう思っちゃいないです、本当は世界なんて次こそ終わっちまうんだ。テレビの向こうはどうか知らないけど、俺達にしてみれば、あっちは何もかも夢物語っスよ。繰り返し見せつけられる、ドラマや映画なんかの延長線だ。ここに立って辺りを見回すと、まるで朽ちた世界の中心にいるような気がしませんか? 平面のテレビ画面ではなく、やっぱりこの目に映るものこそが、俺達の現実なんです」

 ツエマチくんは、皮肉に歪んだ笑みを浮かべた。けれど、今にも泣きそうな顔がそこにはあった。

「だって、そうでしょう? こんなの理不尽ですよ。誰が俺達を守ってくれるんですか? どうして、テレビの向こうの連中は何もしてくれないんですか? 必死に生きて、足掻いて、頑張って、それでいつか幸せになれるなんて保証してくれるような希望すら俺達からは遠いのに、テレビに映る世界は、皆で助け合おうって微笑んで、幸せな家庭がいくつもあって、捨てられる子供なんていなくて……」

 彼は声を震わせ、言葉を切った。

 込み上げる激しい感情を抑えているのだろう。ツエマチ君の顔に浮かんでいたのは、強がる笑顔と、隠しきれない困惑、そして絶望を受けとめなければならなくなった人間の眼差しだった。