「次からは気を使ってくれよ。こんなんだから、いい後輩も育たないんだよ。皆が君の悪影響を受けるとは限らないが、以前は、もっと早くいい社員教育が出来たんだよ。あの頃は、本当にいいメンバーが揃っていた。全く、新時代が来るとか来ないだとかは知らないけど、これで人間まで良くなれば、文句もないんだけどねえ」

 彼は座り心地のいい椅子にゆったりと寛いだ格好のまま、出た腹の上で手を組んで愚痴を続けた。僕は片付け作業に戻りつつ「すみません」と相槌を打ち、それから何度か頷いて「すみません」と返したあと、汚れた雑巾などを抱えて外の水道で洗ってくることを告げた。

 上司は、なんでもないさ、といい加減な具合で片手をひらひらとさせた。

「別に、私は君だけに注意しているわけではないからね。先輩社員として、しっかりやっていくように、という励ましもあるわけだよ。分かるね? 君が真面目で仕事熱心なのは、上司としてちゃあんと知っているつもりだからね」

 大好きな暇を抱えた上司は、僕が扉を閉める直前までそんなことを言っていた。

            ◆◆◆

 同僚のツエマチくんが戻って来たのは、僕がビルの横にある水道で雑巾を洗っている時だった。

 逆立ったオレンジ頭が見えたので振り返ると、彼が無邪気に「やっほー!」と手を振っていた。両手には、掃除道具ではなく袋を抱えている。恐らくは体力が有り余っているので、またしても上司に、ちょっとした小遣いをもらって買い出しにやられていたのだろう。

 小柄で細い体躯をした彼は、まだ二十歳そこそこで、顔にはまだあどけなさが残っている。孤児院の出身で、この仕事を始めて四年。他にもいくつかちょっとした仕事を掛け持っていて、孤児院の上の階にある部屋の一つを賃貸し、現在は十数匹の野良猫と暮らしているのだとか。彼は、まるで子犬か猫のように人懐っこい性格で、誰にでも好かれた。