お客様からの評判がいい会社ではあったけれど、社長であり、僕らの上司である彼を好く部下は一人もいなかった。

 彼は普段から日常的に、個人的な苛立ちも躊躇うことなく職場で発散した。冷房の効いた社内で暇をもてあましながら、その時間を潰すために疑い深い眼差しで目敏くも説教のネタを探し、自分が偉い人間なのだと、何度も確認することで優越を楽しむ人間だった。

「困るんだよね、これぐらい気が利いてもらわなくちゃ、さ」

 僕が会社に戻るなり目だけ投げ寄越して、ロッカーに掃除道具をしまい始めた僕を見つめながら、上司は勿体ぶるような吐息と共に切り出した。

「君、もう何年ここで働いていると思っているの。社員の中では、二番目か三番目か、はたまた四番目ぐらいには古いだろう? ここは君の会社でもあり職場でもあるんだから、目につくゴミを拾って、バラけた消耗品の箱をちょいと直すぐらい、そんなに時間がかかることでもないと思うのだが、どうだろうか? 私は、何か間違ったことを言ったかね? ん?」

 ぼくは、すみません、と謝った。汚れの目立つリノリウムに目をやるが、ゴミは見当たらない。

「違うよ、もうちょっと先の、そら、その後ろだ」

 追って投げられた上司の声に、指示の通りに視線を動かせると、ぐしゃりと丸められたメモ用紙があった。いつも彼が電話を受け取った際、手元に引き寄せている灰色の罫線が薄く引かれている用紙だ。

 そういったものが転がっているのは、珍しいことでもない。僕らの上司は、欲望に忠実な人間なので、思い通りにならなかったり、ちょっとしたことでも機嫌を損ねた。

 そういう時は大抵、手元にあるものを、ぐしゃぐしゃにして放り投げたり、消耗品の入ったダンボールを短く太い足で蹴ったりする。部下を叱って鬱憤を晴らし、そうして自宅にはいい顔をして戻る。――いつも柔和な笑顔で彼の機嫌を直させていたのは、亡きカナミ先輩だっけ、と僕はぼんやり思い出した。