拓実は明るく活発な女の子だった。髪の毛は今よりも少し短く、先が肩につくかつかないかといった長さで、当時はカチューシャを着けていた。とてもかわいらしい女の子だった。

 拓実と打ち解けるのは早かった。家も近く、休みのたびに遊ぶようになった。拓実はいろいろな姿を見せてくれた。清楚なワンピースを着ていることがあれば、和服を着ていることもあった。

洋装も和装も、彼女自身が芸術作品であるように魅力的だった。どこまでもかわいらしく、美しかった。和装のときの菊の髪飾りがよく似合っていた。

 俺が家にいくと、拓実の方から駆け寄ってきてくれた。俺は拓実の手を掴んだ。拓実の手はいつも温かかった。安心できる温度だった。

 親が挨拶を交わしている間に、拓実は俺の手を引いた。からんころん、と繰り返される軽やかな音が心地よかった。初めて家で遊んだときにその足音を聞いたものだから、拓実といえば下駄の音、という印象が染みついた。

 和室に通すと、拓実は俺の手を離した。いつも、それが少し寂しかった。

 「障子開けようか」という拓実に、「嫌だ」と答えたのは反射的なものだった。「でもちょっと暗いよ」と拓実はいったけれど、俺は「開けないで」と答えた。

 「暗い……方が、好き」

 「ええ、そうなの?」

 お陽様の光が入ってきた方が気持ちいいのに、と拓実はちょっと不満げにいう。

 部屋には質素な木製の棚があった。それは本の背で満たされていた。

 「本、好きなの?」と尋ねると、拓実は悲しい顔をして首を振った。

 「ほかのことして遊ぼうよ」

 当時の俺には、拓実が本を好きではないということだけが受け取れた。ではどうしてあんなにたくさんの本が棚にあるのか、などと考える頭はなかった。

 「お外は好きじゃない?」といわれ、「あんまり」と答えた。

 拓実はしばらく考えるように黙り込むと、「そうだ」と声を発した。「お手玉しよ」と。

 彼女は部屋の隅に置いてあった木箱の前に駆け寄ると、中から小花柄の小さな玉を取り出した。彼女がぽんぽんと投げあげて手のひらに落とすたび、ちゃかちゃかと独特な音がする。

 「お手玉、やったことある?」

 「ない……」

 「こうやって……」と拓実はやって見せてくれたけれど、なにが行われているのかさっぱりわからなかった。ただ、三つの玉が彼女の両手の間を綺麗に舞っているだけだった。

 「はいっ」と投げられたのを慌てて両手で取った。続いてもう一つ飛んでくる。初めの一つを片手に入れて、飛んできたのを両手で挟むように取った。拓実がふふっと笑うのにつられて笑った。