真っ直ぐに突いたはずの日本刀を避けられた男は、「そんな」と狼狽するように顔を強張らせた。一瞬の隙が出来た事を青年は視界の端で察知し、避けた体勢を戻しながら携帯電話を左手に持ち替えた。半歩で間合いを詰めると、男の膨らんだ腹部に自身の拳を打ちこむ。

 内臓と筋肉が軋む音が聞こえ、男が胃液を吐き散らしながら飛び上がった。ほんの数秒、男の太い両足が地面から浮いた時、青年は左足を軸に身体を捻るように足を振り上げる。

 脂肪で膨らんだ横腹に回し蹴りを入れられた男が、乱闘から弾き飛ばされてビル壁に打ち付けられた。先程ナイフを取り払われた男が、半狂乱で「よくもノブさんを!」と青年に襲いかかる。

 彼が放った拳を避けるように屈んだ青年は、「何か用?」と悠長に電話での会話を続けた。しかし、その碧眼は拳を突き出した男を素早く捕えていて、青年は掌で無造作に虎の突きを作ると、勢いよく男の胸へ打ち込んだ。

 一点に集中した衝撃は、男の肋骨を砕いてその背を盛り上げた。男は肺にたまった空気を一気に吐き出すと、声にもならない苦痛に意識を飛ばし掛けて、霞んだ目を見開いた。その脇へとすっと身を入れた青年は、その男が胸部を抑え込む前に肘で背中を突いて地面に叩きつける。

「この野郎!」

 眉毛のない細面の若者が、口から溶け縮んだ歯を覗かせながら吠えたのは、仲間の身体が地面を砕いた直後だった。若者がカッと怒りを滲ませて黒い銃を構えるよりも速く、青年は地面を蹴ると飛び上がって反回転した。

 その勢いを足に乗せたまま、若者の右肩に強烈な踵落としを入れる。めり込んだ細い足から重々しい音を上げた若者の肩は、巨大な鉛玉が叩きこまれたように一瞬で押し潰れた。

 湿った静寂に、人の喉から発せられたとは思えないほどの奇声が上がった。

 肩の原型を失った若者の右腕はだらりと垂れ、粉砕された骨に酔って神経が圧迫されて痙攣を起こしていた。そこから銃が滑り落ちると同時に、地面に降り立っていた青年の髪が揺れ動いて、砕かれた男の右肩下に彼の左足が入った。

 若者の奇声がくぐもり途切れた時、後ろで竹刀を構えていた中年のスキンヘッド男が「え」と声を上げた。目前に迫った若者の身体を避け切れず、ひゅっと喉が締まるような嗚咽をもらして壁に叩き付けられる。持っていた折れた竹刀が弾け飛び、乾いた音を上げて転がり落ちた。

 立ち残っていた二人の男は、次々にやられていく仲間を前に動けなくなっていた。場が静まり返った時、オカッパ刈りの男がようやく覚悟を決め、風船のように膨らんだ身体をぶるぶると震わせながら地面から日本刀を拾い上げる。

 そのそばで、虎柄のシャツとタイツに身を包んだ長身の男が、視線を向けてきた青年を見て息を呑んだ。つい恐怖で冷静さを失い、武器も持たずにわっと飛び出す。日本刀を構えた男が「待て!」と太い叫びを上げたが、男は今まで何人もその手で沈めてきた強靭な拳を青年へと振りかざした。

「くそぉ! よくも俺の仲間を、畜生――」

 言葉の語尾が低く濁って反響した。

 携帯電話を右手に持ち替えた青年が、自然な仕草で左手を払う。人を殴った事もなさそうな細い手が、目にも止まらぬ速度で彼の左頬を弾き、男の身体はいびつに曲がってその場で反回転していた。