矢部は、自分に向けられる銃口が震える様子をしばらく眺めていた。しかし、すぐ降参するように両手を上げると「味方だよ」と答えた。いつものぼそぼそ声はどこに行った、と二人が思うほど流暢な喋り方だった。

「初めからずっと見ていたんだけど、いや、お見事だよ」

 まぁ座って、と促され、暁也は渋々といった様子で修一の隣に腰を降ろした。

 矢部は暁也が素直に銃から手を離すのを見届けたあと、二人の近くに腰を降ろして鞄から黒い鉄の棒をいくつも取り出した。慣れた手つきでそれをあっという間に組み立て、自分の持っていた長い銃を設置する。

 映画のような素早い動きと、組み上がった土台に置かれた銃を見て、修一が感心と感動に瞳を輝かせた。

「先生、すげえな!」
「え? ああ、そうかい?」

 矢部は困惑しつつ笑みを浮かべた。「褒められるような事じゃないけどね」と続け、鞄からパンを取り出した。どれも、昼間売店で売られている菓子パンだった。

「ほら、食べなさい。腹が減ったろ?」
「おう!」

 即答してアンパンに飛びつく修一に、暁也が「食い物につられるなよ」と怪訝そうに言った。すると、矢部は「さあ、どうぞ」と彼にメロンパンを差し出した。

 暁也は空腹も限界に来ていたので、味方ではあるが素性の分からない矢部に「ありがとう」とぶっきらぼうに答えて、それを受け取った。すかさず袋を開けてかぶりつく。

 少年たちの隙をついた矢部が、ふと二人の間に長い上体を割り込ませて、トランシーバーを手に取った。パンが口に詰まって「あ」とも言えない少年組の前で、矢部は慣れた手つきでそれを口元に近づける。

「初めまして、ナンバー4。異名スナイパーの元ナンバー二十一です。屋上の子供たちは私にお任せ下さい。今作戦に置いての規律を破ってしまいましたが、お咎めを受けるべきでしょうか?」
『いいや、そちらも元上司の命でも受けているのだろう? こちらとしても助かるよ。二人の子供たちを宜しく、元ナンバー二十一』
「滅相もございません」

 話し終わると、矢部はトランシーバーを元の位置に戻した。

 癖のあるぼさぼさの髪から覗いている堀の深い瞳は、鋭利で知的な男を思わせた。普段生気のない髪だと思っていたが、ふんわりと盛りあがった頭髪からはポマードの香りが漂っていた。

「なぁ、先生たちって一体何なの?」

 修一は、唐突に思ったままにそう尋ねた。

 矢部は少し困ったように首を傾け、視線を泳がせる。

「ごめんねぇ、細かいことは言えないんだな、これが。はっきり言えることは、私は、今は普通の数学教師で、君たちの担任ってことかな」

 首の後ろへ手をやる矢部は、どこか面倒臭そうというような雰囲気があった。