富川が、きいきい声で話す尾賀から海外にある別荘の件を聞かされ始めた頃、李と藤村は、大学構内へと足を踏み入れていた。

「ここに詳しいのか?」
「何度もお邪魔してますよ」

 疑うような李の視線を背中に受け、藤村は歩きながら即答した。
 
 藤村は覚せい剤に手を出していた女子大生と何度が校内で会っていたので、大学校舎には詳しくなっていた。ヘロインを倉庫へとしまうついでに、常盤と高等部校舎を散策したこともあり、どちらも歩き慣れている。

 二階へと続く階段を上がれば、学生たちが集まっている教室までもう少しである。しかし、階段を上がりながら李は「もう少し早く歩けんのか」と藤村を叱った。老体だと気を使っていた藤村は、口を開けば愚痴が飛び出そうだったので、大股歩行で応えた。

 階段を上がると、全校舎に共通している白い床が続いていた。革靴の底を響かせる硬い床は、磨かれた表面が滑らかに反射する真新しさが残っている。

 校舎床はほとんどすべて、滑り止めのような薬剤が塗られているため、水に濡れても滑らないという優れ物だった。藤村は富川からその話を聞かされていたのだが、興味もなかったので、どんな加工がほどこされた物かは覚えていなかった。

 尾崎という理事が、かなりお金を掛けてこの学園を建てたらしいことは記憶している。子供が学ぶ場所に関して、その安全性や学びの環境には徹底してこだわっていたという。

 二人の進路方向である廊下の先には、一点だけ光が漏れている場所があった。蛍光灯で照らし出された廊下が、月明かりも霞むほど白く浮かび上がって見える。

 藤村の後ろで、李が顔を輝かせた。「早く進まんか」と急かすこともせず、李はにやけて皺だらけの手を擦り合わせる。

「どんな活きのいい実験体ちゃんがいるのか、楽しみじゃのぉ」

 女の身体を見て欲情するような声を上げると、李は小さな唇を舐めた。

 この変態が、と藤村は思い掛けたところで、ふと、小さな違和感に気付いた。普段パーティーが始まったとき聞こえていた、あの独特の賑わいが一つもないのだ。そして、常盤の様子を見に行ったときと雰囲気というか、向こうから漂ってくる空気も違っている気がする。