富川は安堵し、いつものように後ろに両手を回して面持ちを緩めた。殺し屋という言葉で動揺した心は、今日口座に振り込まれる大金への喜びに戻っていた。こいつらが勝手に動いて私に大金を運んでくれる、とポーカーフェイスで構える。

 有刺鉄線をざっと見回した藤村が、倉庫から取り出されるヘロインを値踏みするように眺めた。その背中へ目を向けながら、尾賀が囁くように富川を呼んだ。内緒話を感じ取った富川は、そろりと自身の耳を尾賀へと傾ける。

「ネズミの駆除は私と李の部下がやるね。今回殺し屋を呼んだ奴は、とある方に頼んで見付けて頂き、後日キレイに処分してもらうから平気ね。君とは長いビジネスになりそうだから、この学園の理事とやらもついでに始末してやるね。何、心配は要らないね。私の後ろについているお方なら、君を理事の地位につけるぐらい容易い。その方が、もっと良い取引きが出来そうじゃないかね?」

 数秒遅れて、富川は「ありがとうございます」とひょこひょこ頭を下げた。怪訝そうに振り返った藤村に背筋を伸ばし、「尾賀さんと李さんがやってくれるから、心配いらんよ」とわざとらしく偉そうな口ぶりで話す。白鴎学園を手に入れるのも遅くはないと実感し、富川は内心笑いが止まらなかった。

 藤村が「俺の仲間だって殺し屋ぐらい」と愚痴りだしたとき、「なんじゃい尾賀!」と雷が落ちるような強い叫びが上がった。

 そこにいたのは、尾賀と同じぐらい小さな背丈をした老人だった。小麦色の肌を真っ赤に染め上げて、荒々しく歩いてくる。

 彼は、今回中国からヘロインを運んできた自称科学者の李だった。いつも狭い肩を怒らせ、白衣に包まれた身体は、脂肪が詰まった腹を突き出している。顔や首、手先は皮膚が垂れて痩せ細った印象はあるが、衣服で隠れた背中も腕も太腿も丸い。

 李は依頼通りの麻薬を配合できる闇の売人である。中国人だった亡き父を尊敬しており、顔も分からない母方の日本人名ではなく「李」を名乗っていた。母親の血筋が強いため、容姿も皮肉を叩く口調もまるで日本人にしか見えない。中国の血が強く出ている尾賀を、なんとなく嫌っている老人である

「お前のせいでこけたぞ! 埃まみれじゃわい!」
「短い足を滑らせただけじゃないかね」
「短足ブサイクのうえ似非中国人のお前に言われたかないわい!」

 李が怒りをぶちまけている間に、藤村が「背中に埃がついてますね」と何食わぬ顔でそれを払い落した。李は悪くもなさそうにちらりと視線を滑らせ、ぶっきらぼうに「謝謝」と言ったあと、勢い良く富川と尾賀を振り返った。