不審なベンツは見られず。

 いつも通り「本田雪弥」として登校した雪弥は、一時間目の授業が終わったタイミングで携帯電話に入ったその報告について、ぼんやり考えていた。

 学園に入る前、雪弥は夜狐を呼び出して夜蜘羅の乗った車を探らせた。しかし、返ってきた報告は「ベンツすら確認出来ず」というものだった。潜伏していたエージェントも誰一人として、該当するような車を目撃していないらしい。

 夜狐はあのとき、道路を歩いている雪弥を見つけてそばについていたと言った。逆に「いつ部屋を出たのですか」と尋ねられて、雪弥はまさに抓まれたような気分になった。

 その余韻は午前中いっぱい残った。けれど、もう会う事もないだろう、自分には関係のない男なのだと思うと、考えるのも馬鹿らしくなって悩むのをやめた。

 四時間目の授業も問題なく終えて、修一と暁也の話し声を聞きながら自分たちの教室へと戻る道を歩く。昼休みの時間を使ってナンバー1に連絡を取る予定もあったので、まずはこの少年たちを少しの間、自分から引き離す簡単な方法を思い浮かべる。

 おつかいに向かわせるのが手っ取り早いだろう。そう考えながら、戻ってきた教室の机に教科書をしまおうとしたところで、雪弥は自分の机の引き出しに、知らないメモ用紙が入っている事に気付いた。

 それは小さく折り畳まれており、中には綺麗な字でこう書かれていた。


『旧帆堀町会所で君を見たよ。放課後ショッピングセンターの交差点で待ってる。
                         常盤聡史』


 情報を引き出すために、本人に接触出来たらいいなと考えはいたが、まさか昨日の旧帆堀町会所の名が記載してあったのは予想外だった。どこまで見られたのはか気になるうえ、どういった意図で呼び出されているのか見当もつかない。
 
 彼は既に抹殺リストにも入っているものの、昨日の旧帆堀町会所の現場を見た、という文面からの呼び出しが個人的には気になった。走り書きからすると、一人で待っているという印象も受ける。

 殺すところを見ていたのなら、通常であればすぐにその当人と会おうというような考えにはならない気もする。

 目的は不明だが、ここで起こっている厄介な事件は今夜で全て終わる。作戦開始までは少しくらいなら時間も空いており、そのついでに今後役立つような情報を引き出す接触が図れる可能性もあるのなら、会う方が都合もいいのかもしれない。

 雪弥は冷静にそう思考していたが、無意識にその置き手紙を握り潰していた。

「どうした?」

 不意に修一に問われ、雪弥は、なぜ常盤からの手紙を潰したのか分からぬまま、それをポケットに押し込んで笑顔をとりつくろった。

 昼休みの時間になったというのに、そういえば移動教室の授業から真っすぐ一緒に教室に戻ってきたうえ、今も教室を飛び出す様子がない二人の少年に気付いて、素直に疑問を口にする。

「今日は走り出さないんだね」