藤村は事務所の三階オフィスにいた。爽快な青空を小窓から眺めつつ、先程から狭い室内を歩き回っている。

 赤と金が交差するワイシャツと、サイズの大きなグレーのスーツは、彼の勝負服であった。この日のために、事務所に隠してあった貯金で購入したのだ。

 常々メンバーから「なんでお前女じゃないんだ」といわれるほど家事が身についている平圓が、丁寧にアイロンを掛け直して準備したこのスーツからは、良いコロンの香りがする。おかげで動いているとその匂いが鼻先を掠め、緊張感も少しだけ和らぐのだ。

「藤村さん、本当に送迎だけでいいんすか」

 オフィスへ顔を出した若手メンバー、スキンヘッドの掛須(かけす)が開口一番に尋ねた。車やバイク、機器類をいじることが専門の男である。詐欺事件では携帯電話やパソコンを駆使し、低予算で環境を整えてメンバーに貢献していた。

 若い奴に心配されるのはプライドが許さない。藤村は、そこでようやく椅子に腰かけ、余裕たっぷりに「ああ、送迎だけでいい」と答えた。

「これまで、俺たちがあのクソ煩ぇ爺さんにパシられてたんだ。今回は尾賀さんたちに任せて、俺らは高みの見物だ」
「じゃあ、俺たち全員ここで待機って、本当の話だったんすねぇ……」
「帰ってきたら、大金をゲットしたお祝いすっぞ。シマと、あいつが連れてる理香って女も呼んでおけ」

 藤村は、殺風景な事務机に足を乗せて組んだ。「馬鹿な女だが、シマが気に入ってるからな」と言って腕時計へと目をやる。

 時刻は、午前十時を過ぎたところだった。

 掛須は毛のない眉を潜め、「なぁ藤村さん」と神妙な面持ちで二人掛けの古いソファに腰かけた。大金の使い道を考え出していた藤村は、怪訝そうに眉を引き上げる。

「あんだよ、俺の意見に文句でもあるってのか?」
「違いますよ、常盤だけ連れてくって聞いたもんですから」

 掛須は、とりつくろうように様子を伺った。藤村は眉間の皺をゆるめ「ああ、それか」と笑む。

「あいつは根っからの悪党だ。今のうちに、こっちの仕事を見せておこうと思ってな」
「まぁ、確かに……シマみたいに(やく)に溺れることもないですしね」
「頭がいいからな、俺たちとは出来が違う。あいつに足りないのは、経験さ」

 今夜の段取りについては、すべてが整っていた。

 まずは、夜に船でこちらに到着する李に引き渡す学生が、常盤によって大学校舎に集められる。その間、明美が尾賀と李の連絡係として動き、大学学長の富川はやってきた李と尾賀を出迎えて、彼ら双方の部下が麻薬を運ぶ雑用をこなすのだ。

「ん? そういや常盤は、やばい奴を見つけたって喜んでたな」

 思い出して、藤村は掛須へと視線を滑らせた。