「え、ちょっと待って。――それどういう事ですか?」

 高級感溢れる最上階の一室で、その話を聞いた雪弥は、黒革のソファから思わず立ち上がった。

 彼が目を向ける書斎の大椅子には、大柄な男がふんぞり返るように座っていた。顔に刻まれた深い皺と傷痕を一つも動かさずに、口をへの字に引き結んだまま雪弥を見つめる。

 柄の入った紫カラーのネクタイに、西洋の一着百万円を越えるスーツを身にまとった恰幅の良い男だった。セットされた白髪交じりの剛毛の下には、小麦色に焼けた凶悪面の大顔がある。

 紺紫のスーツから覗く褐色の肌には白い傷跡が浮かび、幹のようにどっしりと机に置かれた指にはいかつい宝石の指輪が三つ、書斎机に肘を置いて頬を乗せている手には四つ並んでいた。

 彼はナンバー1の名を持つ、国家特殊機動部隊総本部のトップである。

 彼が放つ威圧感の前には、内閣総理大臣ですら委縮した。中年独特の肉付きは太い骨格と筋肉を浮き立たせ、オーダーメイドのスーツ越しにはっきりとそれを見せている。

 その身体は日本人の中でも群を抜くほど高く、広い肩に根を降ろす太い首も、贅肉より鍛え上げられた筋肉が目立っていた。しかし、日本で最も恐れられる人物の気迫は、雪弥には全く効果がないようだった。

 雪弥は自分よりもはるかに大きな男に歩み寄り、手に持っていた書類を上司の書斎机に滑らせた。ナンバー1は眉間の皺を深め、しばらくした後、引き結ばれた薄い唇を重そうに持ち上げる。

「今話した通りだ。変更はない」

 怪訝そうな含みを持った重低音の声が、静まり返った室内に響き渡った。返ってきた返答に、雪弥は面白くなさそうな顔をして腕を組んだ。

「変更はないって言いますけどね、これは無理があるでしょう。この現場、高校ですよ? 絶対無理ですってば。僕じゃあすぐにバレますよ。まだ数字をもらっていない十代の研修生がいたでしょ、予算を割いて英才教育を施している若い奴がたくさん。内容も全然簡単そうですし、そいつらに回してください」

 雪弥はそう言って、不服そうに片眉を持ち上げた。

 ナンバー1にそんな口がきけるのは、一桁エージェントでも雪弥だけである。バイトとしてサポート作業に入った頃からその関係は変わっておらず、雪弥がナンバー4の地位に就いてからは、上下関係の規律に煩い声も上がらなくなっていた。

「あのね、僕にずっと休みがないのは知ってます? 簡単なの寄こすくらいなら、休みを下さいよ」
「まぁ休みだと思って、現場では事が動くまではくつろいでくれて構わないぞ」

 彼は重々しい声でそう告げると、ボリュームのある革椅子に背を預けて太い葉巻を手に取った。手元に置いてあったシガーライターで慣れたように火をつると、葉巻を口にして二、三度煙を吹かせ「しかしだな」と続け、鋭い眼光を雪弥に戻す。

「現場が学校とあって、我々もうかつには動けん。内部にどのくらいの共犯者が紛れ込んでいるのかも分かっていない。早急に情報が欲しいのは山々だが、相手に嗅ぎつけられて騒ぎになると非常に困る、それは分かるな?」
「危険分子の一つも逃さず仕事を完遂させなければいけないけど、騒ぎになれば情報操作は完璧に出来なくなるし、学校の知名度やこれからの経営にも響くってんでしょ?」