聖歌隊とかにいそうな声だったな。
常盤は何気なく思った。しっかりと出来あがった大人の声色に近いが、この葉の囁きのように身に沁み込むような心地よさがある。それは、矢部と正反対のものだと思った。
※※※
「やぁ、常盤君」
学校を出たところで、常盤は里久にそう声を掛けられた。一見すると眼鏡の好青年にしか見えないが、彼も覚せい剤に手を染めている一人である。
正門で待っているなんて珍しいな、と常盤は思ったが、ふと明日のことで今朝にメールで連絡した一件を思い出した。そもそも彼の場合は、先週渡した薬がなくなる頃合いでもあるので、早めに欲しいのだろうかと思って口を開く。
「里久先輩、メールくれれば持っていきましたよ」
下校中の生徒たちの中で、常盤は自然に話しを切り出した。
里久が困ったように笑って「ごめん」と述べた。平均的ではあるが細身の体は、今日は珍しく黒いニットをつけているせいか、普段よりも小柄に見えた。
そういえば、火曜日の夜にゲームセンターに向かう際に見掛けて以来だったから、二日ぶりだなと気付く。最近は使用量も増えているので、彼は薬で痩せたのだろうと常盤は思った。
「明日のことは大丈夫ですか?」
「メールをすぐに返信したあと、うっかり消しちゃったんだよね……」
里久は薬をやる前から優秀な成績を持っていたが、どこか間が抜けたところがある人間だった。
常盤は「やれやれ」と短い息をついただけで、嫌な感情は一つも覚えなかった。彼は里久に対しては明美同様、世話を焼いても不思議と苦にならなかったのである。
付き合いが長いというわけでもなかったが、メールのやりとりをするようになってからは、時々遊びに行く仲にもなっていた。
「場所は前回と同じです。二十二時スタートですからね」
「うん、ありがとう。時間が曖昧だったから助かったよ」
「俺も明日の件で声は掛けてるんですけど、先輩からも他のメンバーに連絡回してもらっていいですか?」
「いいよ。必ず全員参加だよね?」
愛想笑いを浮かべた里久が、はっきりと語尾を区切ってそう尋ねてきた。まるで確認するように「全員参加」を強調し、返事を待つように沈黙する。そこに普段あるような頼りない雰囲気は一切なく、一つの確信を持っているような自信を窺わせた。
常盤は一瞬、なんだか雰囲気が違うな、という奇妙な違和感を覚えた。しかし、作り笑いが出来ない里久が、すぐぎこちない笑みへと表情を崩すのを見て、なぜかひどく安堵した。
「少しだけ、先にもらっていてもいいかな?」
そう続けて問われて、やはり明日まではもちそうになかったのだろう、と思った。常盤は歯切れ悪く催促した里久に歩み寄り、彼がいつも財布を入れている後ろポケットに、明日分までの青い薬を押し込んだ。彼に関しては、料金はいつも後から受け取っている。
常盤は何気なく思った。しっかりと出来あがった大人の声色に近いが、この葉の囁きのように身に沁み込むような心地よさがある。それは、矢部と正反対のものだと思った。
※※※
「やぁ、常盤君」
学校を出たところで、常盤は里久にそう声を掛けられた。一見すると眼鏡の好青年にしか見えないが、彼も覚せい剤に手を染めている一人である。
正門で待っているなんて珍しいな、と常盤は思ったが、ふと明日のことで今朝にメールで連絡した一件を思い出した。そもそも彼の場合は、先週渡した薬がなくなる頃合いでもあるので、早めに欲しいのだろうかと思って口を開く。
「里久先輩、メールくれれば持っていきましたよ」
下校中の生徒たちの中で、常盤は自然に話しを切り出した。
里久が困ったように笑って「ごめん」と述べた。平均的ではあるが細身の体は、今日は珍しく黒いニットをつけているせいか、普段よりも小柄に見えた。
そういえば、火曜日の夜にゲームセンターに向かう際に見掛けて以来だったから、二日ぶりだなと気付く。最近は使用量も増えているので、彼は薬で痩せたのだろうと常盤は思った。
「明日のことは大丈夫ですか?」
「メールをすぐに返信したあと、うっかり消しちゃったんだよね……」
里久は薬をやる前から優秀な成績を持っていたが、どこか間が抜けたところがある人間だった。
常盤は「やれやれ」と短い息をついただけで、嫌な感情は一つも覚えなかった。彼は里久に対しては明美同様、世話を焼いても不思議と苦にならなかったのである。
付き合いが長いというわけでもなかったが、メールのやりとりをするようになってからは、時々遊びに行く仲にもなっていた。
「場所は前回と同じです。二十二時スタートですからね」
「うん、ありがとう。時間が曖昧だったから助かったよ」
「俺も明日の件で声は掛けてるんですけど、先輩からも他のメンバーに連絡回してもらっていいですか?」
「いいよ。必ず全員参加だよね?」
愛想笑いを浮かべた里久が、はっきりと語尾を区切ってそう尋ねてきた。まるで確認するように「全員参加」を強調し、返事を待つように沈黙する。そこに普段あるような頼りない雰囲気は一切なく、一つの確信を持っているような自信を窺わせた。
常盤は一瞬、なんだか雰囲気が違うな、という奇妙な違和感を覚えた。しかし、作り笑いが出来ない里久が、すぐぎこちない笑みへと表情を崩すのを見て、なぜかひどく安堵した。
「少しだけ、先にもらっていてもいいかな?」
そう続けて問われて、やはり明日まではもちそうになかったのだろう、と思った。常盤は歯切れ悪く催促した里久に歩み寄り、彼がいつも財布を入れている後ろポケットに、明日分までの青い薬を押し込んだ。彼に関しては、料金はいつも後から受け取っている。