「それ、どういうこと? グルって、なに?」

 途端に、鴨津原が乱暴に胸倉から手を払い、後退しながら首を横に振って「わけ、分かんねぇよ」とぼやいた。

「お前も俺の敵なんだろ……? 嘘ついて近づいて、俺をどうするつもりなんだ?」
「聞いて下さい、僕は――」

 歩み出した雪弥を見ると、鴨津原が「黙れ!」と警戒の声を上げた。

 雪弥は一旦足を止めて、それからとりつくろうようにぎこちない笑みを浮かべた。大人の身体で幼く怯える彼に向かい、ゆっくりと宥める言葉を切り出す。


「大丈夫、僕は鴨津原さんの敵じゃありません。助けに来たんです」


 一体何があったんですか、と雪弥は続けて言葉を切った。

 じりじりと後退していた鴨津原は、支柱に背中がつくとようやく立ち止まり、「分かんねぇよ」と今にも泣きそうな声で項垂れた。

「明美先生から電話かかってきて――あの人、よく大学に出入りしてるから付き合いがあったんだ。ちょうど警察をぼこっちまった後で、どこにいるのか聞かれて場所言った矢先に、黒い車の奴らが来て『鴨津原健だな』って」

 明美らが、鴨津原を売った? でも、どうして?

 そのとき脳裏を過ぎったのは、校長室の話し合いでキッシュから聞かされた報告だった。レッドドリームを所持してこちらに向かったという榎林の件と併せて考えると、嫌な方向へ思考が引き寄せられる。

 人体実験。そして、そのために青い覚せい剤が配られている。

 まさかと思うような、そんな錯覚を受けた。明美が鴨津原を売った理由についても分からないというのに、まるで今の状況のような事が、明日の取引でも行われるような予感が雪弥の思考を横切った。

「…………鴨津原さん、青い覚せい剤やってますね?」

 雪弥が確認するように尋ねると、鴨津原がハッと顔を強張らせた。

 外から車が二台止まる音が続き、複数回の強い開閉音が、筒抜けになった小さな小窓から流れ込む。その音や複数の人間の気配すら耳に入っていない様子で、鴨津原が真っ直ぐこちらを見つめ返したまま黙っていた。

「……なぜ、覚せい剤になんて手を出したんですか」

 もう一度、問い掛けてみた。けれど雪弥は「ただの覚せい剤じゃないんですよ」という言葉については、胸に秘めるように呑みこんだ。彼が急きょ榎林たちに差し出された経緯は把握しかねるが、そうなると、里久のようにレッドドリームを持っていない可能性の方が強い。

 浅はかな考えで覚せい剤に手を出した彼を思って、雪弥は目を細めた。その眼差しに罪悪感を覚えたように、鴨津原が「すぐに止めるつもりだったんだ」と白状するように狼狽した。