雪弥は、「一方通行で話しをされる身にもなってみろよ」と忌々しげな長男の姿を思い浮かべた。

 二年前、妹である緋菜(ひな)の成人式で会ったとき、実に五年ぶりの顔合わせになった長男は、すっかり大人の様相をしていた。しかし、相変わらずすました仏頂面で「貴様は馬鹿か」と蒼慶は開口一番に言ったのだ。

 彼は雪弥が「久しぶり」というよりも早く、「貴様は時間に遅れる癖も直せないまま、のこのこと悠長に」と一方的な説教が始めた。そして、それを終えると、やはりすこぶる機嫌が優れないというように顔を顰めて、次の言葉でしめくくった。


――「私が貴様と最後に会ったのは五年前だが、ミジンコ並みの成長も見られないな」


 蒼慶と会うのは、彼の成人式以来だった。とはいえ、その成人式を思い返してみても、懐かしさというより「あれはないよなぁ」という感想しか浮かばない。

 七年前の一月にあった蒼慶の成人式の年、雪弥はまだ十七歳であった。高校を中退して特殊機関に勤めていた彼は、仕事の合間を縫って祝いに行ったのだ。しかし、そのときも顔を合わせて早々、喧嘩をふっ掛けられそうになった。


――「数年も顔を見せずにひょっこり現れよって。去年緋菜の高校入学祝いに顔を出したそうだが、私から逃げるように帰ったらしいな。上等だ、お前に基本的な礼儀とやらを教えてやろう」
――「蒼慶様お任せ下さい。ここは、わたくしが手取り足取りと――」


 そこまで回想したところで、本能的な拒絶感から、ピキリと思考が止まった。

 一癖も二癖もある蒼慶の執事を思い出し掛け、雪弥は恐ろしいと言わんばかりに回想を打ち払った。信じられないという表情を浮かべ、「危なかった」とぼやく彼の額には薄っすらと汗が浮かぶ。

「おい、大丈夫か?」

 小声で暁也がそう尋ねてきたので、笑わない目と引き攣った口元で「何でもないよ」と答えた。雪弥がぎこちなく黒板へ視線を滑らせたので、そこで会話は終了となった。

 矢部は相変わらず、自分の教科書を深く覗きこみながら話している。

 その説明が所々聞き取れず、生徒たちは困惑顔で「先生、聞こえません」と告げた。授業に飽きた修一は、教科書の下にスポーツ雑誌を隠して読んでおり、視線を黒板へと戻した暁也の机には、先程配られたプリント以外は何も出ていない。

 痺れを切らした女子生徒が矢部に強く指摘すると、彼は先程より聞き取り易く話した。しかし、後列席の生徒たちは一様に顰め面を作っている。

 聴力が優れている雪弥には聞こえていたが、一番強く吹き抜けた風にカーテンがはためく音を上げると、生徒全員が「聞こえません」と揃えて抗議した。まるでコントである。

 ほんと、穏やかだよなぁ。

 雪弥は他人事のように思ったが、蒼慶からの電話連絡を取らなかったことを思い出して机に突っ伏した。