雪弥は、頬杖をついた姿勢で授業を受けていた。開けられた窓からは暖かな風が吹き、外は欠伸を誘うほど陽気な晴れ空が続いている。矢部がぼそぼそと小さく話すせいで、いつもやけに静かな数学の授業は、退屈さを紛らわせる物もなく気だるさがあった。

 ぼんやりとそんな授業風景を眺めながら、暇を潰すように考察した。

 現在、白鴎学園に出回っているのは、ブルードリームと呼ばれている青い覚せい剤であるらしい。使用者の里久がそれを彼の目の前で服薬し、別の人間からもらったらしいレッドドリームと呼ばれる赤い薬を飲んでから、二日が経っている。

 その間、進展があったという知らせも、覚せい剤に関する新たな情報報告もないままだった。あれから連絡が来ていないので、雪弥は今日の早朝に特殊機関本部へ連絡を入れていた。

 しかし、ナンバー4の電話を受け取った事務の若手が「研究班が地下に閉じこもってナンバー1が東京で珈琲に砂糖詰め込んで大変なようです」と、珍しい様子で慌てふためいた発言をしたので、「彼の報告を待ちます」とそのまま通信を切ったのだ。

 ナンバー1が、珈琲を砂糖の塊にすることは有名である。食べる間もないほど忙しいとき、手っ取り早いエネルギー摂取法として彼が独自に行っているものだ。

 雪弥はそれを見て、「それよりもケーキを食べたほうがいいだろ」と意見していた。他の一桁ナンバーは「どちらでもお好きなように」と傍観に徹し、それ以下のナンバーは見て見ぬ振りを決め込んでいる。

「…………まぁ、それだけ忙しいってことだろうなぁ」

 矢部が教科書を反対にしていたと生徒たちが爆笑したとき、その声に隠れるように雪弥は呟いた。

 自分の中に出来上がりつつある推測をぼんやりと考えていると、矢部が「大学受験に必要な基礎知識」との単語で場を静めた。聞き取りづらい声に威厳も意欲も見当たらない教師だが、生徒たちを誘導することが一番上手い教師でもある。

 矢部が言葉を切って猫背で教科書を覗きこんだとき、絶妙なタイミングで携帯電話のバイブ音が教室内に響き渡った。

 一体どの生徒のものだろうか、と他人事に考えた雪弥は、その直後に自分の胸ポケットで震える使い慣れない薄型携帯電話に気付いた。教室にいた生徒たちが、おや、と顔を上げた矢部に続いてこちらを振り返る。

 まさか自分のものだとは思ってもいなかっただけに、雪弥は頬を引き攣らせた。数秒遅れでポケットの上から通話ボタンを切ると、矢部がワンテンポ置いて、ゆっくりと咳払いをしてこう言った。

「本田君、授業中の携帯電話は……電源を切ってだね…………」

 ぼそぼそと言葉が続いたが、雪弥は聞きとれなくなった彼の言葉を遮るように「すみません」とぎこちなく笑った。他の生徒が「本田君ったら」「本田もうっかりする事があるんだな」と可笑しそうに囁き合う中、修一と暁也は珍しい物を見る顔だった。