「ええ、そうみたい。山田さんの奥さんも、それで飼うことにしたと言っていたわ。ほら、ミルクのままだと少し難しいでしょう?」
「まぁ猫用の哺乳瓶であげなければいけませんからね。それにトイレもまだ自分で出来ない仔だった場合は、お尻をティッシュでポンポンと叩いて排泄を手伝ってやらないといけない」
「あら? 伊藤さん、猫を飼った経験があるの?」
「結婚する前に、妹が子猫を拾ってきたことがあったんですよ。ちょうど大学の長期休暇の間だったので、結局はほとんどを僕が面倒見ていたんです」
「そうだったのねぇ」

 女がちょっと意外そうに感想して、それから、「よっこいしょ」と言って立ち上がった。

 大きな人間が動く気配を敏感に察知して、私はゴミ袋の間に引っ込んだ。身を低くして様子を窺ってみると、女は「それじゃあ、また」と挨拶をし、男が軽く会釈して去っていく女の後ろ姿を見送った。

 一人と一匹が残された時、ふっと男が私の方を向いた。

 私は警戒して息を殺し、これ以上近づくなよ去れ人間、と睨み据えた。そうしたら男の眼鏡の奥の優しげな瞳が、少しだけ切なさそうに細められた。


「またね」


 またね、も何もないぞ、人間。

 私は素っ気なく答えて、ゴミ袋の後ろへ向いて丸くなった。

 私は、そもそも人間が嫌いだ。

 お前の優越感を満たす何かになるつもりはないし、オモチャになるのもごめんだと、私はそう思いながら目を閉じた。