不意に、強い眠気が私を襲った。肺に空気を入れようとしても、どうしてか呼吸がままならない。

 瞼が閉じないように頑張った。そうしたら、ぼやけ出した視界の中で、見慣れた男の大きな手が私の頭に置かれた。それは、私の頭を優しくクッションへと促した。

「無理しなくていいんだよ、クロ。ゆっくり、おやすみ。それから……、今まで、ほんと、うに、ありが」

 後に、言葉は続かなかった。

 男が泣いているのが、私には分かった。

 男の手が、背を何度も優しく撫でるのを感じた私は、安堵に包まれてクッションへと頭を預けた。初めて聞く彼の、声を押し殺した心からの号泣を聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。


 もう、未練はなかった。

 ただただ、ああ幸せだった、という充実感ばかりが込み上げた。

 もう苦しいだとかがよく分からない。私は最後の一呼吸を吐き出しながら、ふっと笑みを浮かべて最期の言葉を紡いだ。


 さよなら、私の大切な家族。





 どうか幸せに、という言葉を、続けられたのかは分からない。

 野良猫として始まり、男に『クロ』という名をもらった私は、こうして、彼らと十四回の四季を共にした長い幸福に生涯を閉じたのだった。