どうやら苦しさの中で、そのまま目を閉じて眠ってしまっていたらしい。私はそう思い出して、ぶるりと瞼を震わせると、すっかり重たくなってしまっている目をそっと開けた。


 ああ。お帰り、愛しい娘よ。

 目を開けてすぐ、そこに会いたかった者の顔を見て、私はそう声を掛けた。


 私の身体は、ソファに置かれたあのクッションの上にあった。窓からは夕日が差し込んでいて、空にはまだ茜色に染まり始めたばかりの明るさが広がっていた。

 そこには、私のいるソファの前で座り込んで泣きじゃくる娘と、膝をついて彼女の方を抱き抱えている髪が少し乱れた野口がいた。その少し後ろに、ボロボロと泣きながら、泣き声を押し殺して口を両手で押さえている女の姿があった。

 私の隣には、私の身体を優しく撫で続けている男がいた。そちらへ目を向けた私は、あの日、雨の中を迎えに来てくれた眼鏡の男を目に留めて、ひどく安心した。

 ああ、お前、そこにいたのか、と口許に笑みが浮かぶのを感じた。
 
 苦しい呼吸が、ほんの少しだけ、楽になってくれたような気がする。出会った頃は落ち着かない男だったのに、今はこうして冷静でいてくれるのか。

 そう思って見つめ返していると、男が潤んだ瞳で、けれどせいいっぱいの様子で穏やかに微笑んできた。私は、ただただ安堵が込み上げて、なんだかとても安心出来た。

 私の目覚めに気付いた娘が、ハッとして「クロぉ」と言ってクッションの上にいる私を抱き締めた。老いたこの身体を動かさないよう、そのまま私の頭をくしゃりと撫でてくる。