けれど、もういつの間にか忘れていたことだった。娘の成長はとても早くて、日々は飛ぶように過ぎ去り、そんなことを考える暇さえありはしなかったのだから。

 私には、お前という娘がいる。それだけでいい。

 伝わりますようにと願って、私は愛しい娘の膝に頭をこすりつけた。娘と野口が、交互に私の頭を撫でてきて、それを見た女が愛情深く目を細めてこう言った。

「クロちゃんは、もしかしたら、あなたを自分の娘と思っているのかもしれないわねぇ」
「ああ、そうだろうな。いつだって君の後を追いかけて、まるで世話を焼いているみたいだったよ。始業式の時も、忘れているぞって言うみたいにネクタイを運んでいたっけ」

 男が、思い返すような声色でそう言った。すると野口も、「きっとそうでしょう」と同意して自信たっぷりに頷く。

 私は、娘の腕に抱かれる赤子を見上げた。小さな可愛らしい寝息だ。どこか娘の面影を持ったその子に、私は尻尾を一度ゆったりと揺らしてから優しく声を掛けた。

 もう少し大きくなったら、またおいで。


 その時まで、私はココで待っていよう。
 その時こそ、私はきっと君に触れられる。

 愛しい娘の、その娘である君に。