窓際の夏の暑さもいつの間にか和らぎ、早朝は冷房要らずとなって眠るのも心地良くなった。気付けば木の葉が落ち始めていて、そろそろ肌寒さを感じ始めた頃、娘が野口と子供を連れてやってきた。

 赤子を抱いた娘は、すっかり母親の顔をしていた。男と女が嬉しそうに自分達の孫を抱く中、野口は少し疲れた表情をして、ソファの私の隣に腰を下ろした。

「やぁ、元気にしていたかい、クロ?」

 野口が、優しい響きのする声で言ってきた。

 久しぶりだな。少しだけ歳を取ったみたいな顔だ、疲れているみたいだな?

 私がそう返事をすると、野口がふっと笑って私の頭を撫でてきた。子育ては苦労もあろう。お疲れ様、と私は言葉を返して、好きなだけ頭を触らせてやることにした。

「夜泣きとか、大変でしょう?」 

 女が娘に尋ねる声が聞こえた。その様子を微笑ましそうに見やっていた男が、野口に「遠い所から御苦労だね」と言って、持ってきたグラスを渡して向かい側のソファに腰かけた。

「引っ越し先からは、随分遠いだろうに。わざわざすまない」
「いえ、とんでもないです。あなたは『ここはもう君の実家みたいなものだ』と言ってくれたでしょう。それが嬉しくて、こうしてココへ帰って来られて疲れも飛びました」

 野口が柔らかな苦笑でそう答えて、グラスの水を半分ほど飲んだ。

 しばらくしてから、女が温かい紅茶をテーブルに用意した。座るよう促された娘が、「お母さん、ありがとう」と言って、赤子を抱いたまま野口の隣にいる私を挟んで腰を下ろしてきた。

 娘からは、とても懐かしい匂いがした。

 彼女が腕に抱く子供からは、娘と野口の匂いに混じってミルクの香りもする。