「はぁ、ほんと外は寒かったよ~。雪が本降りになる前に帰ってこられて、本当に良かった」

 男はそう言いながら、私のふっくらとした毛並みに頬を擦りつけてくる。私を抱き上げている彼の大きな両手は、とても冷たくなっていた。

「ああ、クロ。君はなんて暖かいんだッ」

 私は彼の手の冷たさに身震いしたが、すっかり凍えている男の身を考えて動かなかった。今日だけだぞ、とされるがままになる。ここ数年は、冬になると関節が痛むのだ、と言い出していたのも思い出されたからだった。

 やれやれ、お互い歳を取ったな。

 私は男に言った。

 私ほどではないにしろ、男もそれなりに歳を取ったと思う。最近、彼は散髪屋に行くたびに白髪染めをさせられている。先週も行ってきた男の髪からは、まだ僅かにその匂いがしていた。

「はい、どうぞ」

 女が、湯気の立つお茶を出した。男が私を膝の上に置き、礼を言ってそれを口にする。しかし、飲みもしないうちに「あちっ」と言って口を離した。

 恐らくは、また焼けたのだろう。

 昔から変わらないその失敗を見て、私は男の膝の上で短い溜息を吐いた。お前、猫舌にもほどがあるぞ、と私よりも結構な頻度で熱い飲み物に弱い彼のことが、少々心配にもなった。

             ※※※

 それから更に季節は流れ、翌年の夏、娘は無事第一子を出産した。

 生まれたのは女の子だという。私は彼女が休んでいる病院へは入る事が出来ないので、留守を任されて女と男に車で見に行ってもらった。帰ってきた彼らは、娘に似た可愛らしい女の子だった、と私に話してくれた。十月頃には、こちらに連れて来られそうだという。

 歳を取って、より寝ることが多くなったせいだろうか。

 私は、日々が急速に過ぎていくように感じられた。