「隣の八百屋さんから猫缶をもらったのよ。さぁ、お食べ」

 通りが落ち着き出した頃、女がやってきて私の前にふたの開けられた缶を置いた。初めて見るものだった。昼間食べたものよりも、とても美味しそうな匂いが漂ってくる。

 私は警戒しながらも、その匂いに誘われて足早に近づいた。

 口にして驚いた。すごく美味い。

 女がしゃがんでこちらを見つめる中、私はそれをガツガツと食らって口の中に押し込んだ。口の周りにたくさん食べ物が飛び散ったが、まるで気にしなかった。

 食べられる時には食べるのが鉄則だ。またしばらくは食事が出来ないのだから、今、たくさん胃に詰め込んでおいた方がいい。顔がご飯で汚れてしまおうと、あとで綺麗に拭けばいいのだ。問題ない。

 その時、女の後ろを通り過ぎようとしていた一人の男が、ふと歩みを止めてこちらを見たのに気付いた。私は一旦、食べるのを止めて、警戒するようにそちらを睨んだ。

 そこにいたのは、サイズの合わないくすんだスーツに身を包んだ眼鏡の男だった。中の白いシャツはよれよれでズボンの外に出ており、ネクタイはなく、襟のボタンは少し開いている。手には茶色い封筒と、幅の薄い革の鞄を持っていた。

 私と男の間には、例の女がいる。女がそこにいる限り、害をなそうとする者は近づけないだろう。ひとまずそう考えて、私は食事を再開した。

「こんにちは」

 すると、男が女に声を掛けた。少し驚いたように振り返った女が、すぐにふっくらとした顔の皺を緩めて微笑んだ。