私は歩み寄ってきた彼に、お疲れ、と言葉を返して尻尾でも返事をした。男は午前中以外、土日関係なく娘の勉強に付き合っていたから。

 そういえば、彼は最近少し白髪が交じるようになっていた。
 
 改めてよくよく見てみると、労い微笑む男の目元には小さな皺があった。今更のようにそれに気付いた私は、男も成長しているらしい、と改めて感慨深く思った。

 だが私からすると、彼はまだ若い。

 私の肉体年齢は、もう彼を若造と呼ぶに相応しい歳になっていた。

 お互い、年を取ったなぁ、若造。そう男に言いながら一つ伸びをして、私は欠伸をこぼした。やれやれ、最近はじっとしていると肩が凝るなぁと思う。

 その時、落ち着いたブラウンの長髪を結い上げた女が、ワンピースという涼しげな格好でやってきて氷の入ったグラスを置いた。

「あなた、ダージリンティーですよ。この前、担当の蓮見さんから頂いた物よ」
「ありがとう」

 男は素直に感謝を述べて、それを口にした。女は上品な微笑みを浮かべると、「クロちゃん、いらっしゃい」と私を呼んだ。

 私は、歩き出す彼女の後についていった。いつも私が水を飲むための器が置かれている場所には、涼しげなガラスの器が置かれていた。中には水と氷が入っており、涼しげな音を立てて氷がぶつかっている。

「クロちゃんも、お疲れ様」

 私は、女の気遣いに心の底から感謝した。ずっと昔、こうして水の中でゆらゆらと動いている氷が不思議で、何度も手を突っ込んでは肉球を濡らしてビックリしたものだ。慣れてくると、それを爪先でちょいちょいと触ったり、次第にそばの水を飲むのが好きにもなった。