それに私は、猫なのだ。猫はいくらでも寝られる生き物なのだと、ここ数年で私は身に沁みて実感してもいた。

 すると、私を胸に抱えるようにして、男がソファに横になった。

「僕は少し寝るよ。クロ、おやすみ……」

 男の言葉が、途中でプツリと切れて寝息に変わった。
 クッションのごとく抱き抱えられている私は、少しだけ呆れてしまう。昔から、この男は数秒足らずで眠ってしまえた。これは一種の特技だと、私は思っている。

 しかし、寝ないと決心すると、とことん寝ない男でもあった。

 この男が丸二日、書斎にこもってキーボードを打つ音が絶えなかった時の、私の恐怖といったら凄まじい。ちっとも眠っていないじゃないか、部屋から出てきても心あらずの目だぞ、どうしてお前本当に大丈夫か……と、私の心配もそわそわも絶えなかった。

 夜中、ひっそりと暗い家の中で、キーボードを叩く音だけが聞こえてくるのはホラーだ。あれだけは勘弁してほしいものだと思いながら、私は男の胸で丸くなった。

 男の規則正しい呼吸と心音が心地良い。私は、すぐに眠りに落ちた。

             ※※※

 しばらくして、私は浅い眠りから覚めた。玄関を開閉する音の後、すっかり覚えている女の足音が近づいて来たのが聞こえたからである。

 私はチラリと確認して、起きる気配もない男の腕からそぉっと抜け出した。ソファを降り、やってきた女に歩み寄ってみると、彼女は手に小さな袋を持っていた。

「あら、クロちゃん。あの人は寝たのね」

 女はそう言うと、夫の方へは行かず私のご飯の器を手に取った。そこに、袋の中から一つの缶詰を取り出して入れ始める。