「よしッ、準備オーケー!」

 娘の言葉を合図に、女が鞄と車の鍵を手に取った。

「じゃ、私が送ってくるから。――あなたは少し仮眠でもなさっていて下さいな」
「お言葉に甘えて、そうしようかな」

 労う微笑みを向けられた男が、柔らかな苦笑で応えて空元気で言う。そのそばから、荷物を持った娘が「お母さん早くっ」と言って駆けていき、女が「はいはい、分かってるわよ」と言いながらその後に続いた。

 二人が慌ただしい音を引き連れて、家を出ていく。

 玄関が、バタン、と閉まる音がして、家の中は途端に穏やかな時間が戻ったようだった。私が小さく息を吐いてソファに腰を下ろすと、男が食卓の上の残りを片付け始めた。

 しばらくすると、台所仕事を終えて、男が私の隣に腰を下ろしてテレビの電源を入れた。何度かチャンネルを変えていたかと思うと、天気予報で手を止めた。

「明日までは、この天気が続くみたいだなぁ」

 そのようだな。

 男の隣で同じようにテレビへ目を向け、私はそう言った。右側にある大きなベランダの窓からは、朝のぽかぽかとする太陽の光が差し込んでいた。網戸越しに涼しい風も吹き込んでいて、早朝に女が干した洗濯物が舞い、優しい香りが漂ってきて室内を満たしている。

 天気予報から運勢占いに変わった頃、男が眠そうに欠伸をした。

 私も、心地よい暖かさと涼しい風に欠伸を一つする。

「おや、クロも眠たいのか?」

 いや、お前ほどじゃない。

 きっとそうだろうと考えて、私はそう答えた。昨夜、娘と勉強机に向かっている男の横で、一時、娘のベッドの上にいた際、少しだけ眠ってしまったのである。

 とはいえ睡眠不足であるのに変わりはない。達成したという満足に似た疲労感、この場の心地良さもあって、程良い睡魔が忍び寄っているのを感じていた。