「進学校なんだから、仕方ないでしょう? ほら、ぶつくさ言う暇があるんだったら、勉強しなさい。点数が低かったら、部活辞めさせられちゃうんでしょ?」
「……むぅ、そんなの分かってるわよ」

 納得がいかない顔をしながらも、娘が身を起こしてテーブルに向きあった。筆箱から筆記用具を取り出して、「ごはんの準備出来たら呼んでー」と母親に声を投げる。

 娘よ、頑張れ。
 今頑張ったことは、決して無駄にはならない。
 きっと未来へと繋がるはずだ。

 私は娘を励ますべく、そう言葉を掛けた。勉強とやらの加勢は出来ないが、そばにいて見守って応援してやることは出来るぞ、と言って彼女のそばで丸くなる。

 娘が驚いたように私を見て、それからふっと表情を和らげて私の頭を撫でた。

「そうよね、自分で決めたんだもん。私、頑張るよ、クロ」

 ああ。その間、私がついていよう。

 私は娘と視線を合わせないまま、頭に感じる温もりに目を閉じて、独り言のようにそう言った。


 私を拾った男と、その妻である女の子供。そんな彼女を、彼から紹介されてそのまま『娘』と呼ぼうと決めて三年。

 いつの間にか私は、彼女のことを自分の娘のように想うようになっていた。


 それくらいに私の精神は、肉体よりもずっと早く、彼らを追い越して熟し始めていたのだった。