「ついでにサインもらって来て欲しいなぁ。私、佐上先生のファンなのッ」

 娘がそう口にして、エビフライをパクリと食べた。男がいつも若く見られるその顔に、悲壮を漂わせて彼女へ目を向ける。

「あのぉ……父さんのサインは?」
「要らない。だって、ずっと一緒にいるじゃないの」

 そもそもすごいとも思ったことがない。娘の表情にそんな言葉が見て取れて、男がショックを受けたような顔をした。

 その様子を半眼で眺めていた私は、やれやれと思ってクッションの上を尻尾で叩いた。顔を上げると、思わず男にこう言ってやった。

 娘は、いつかは巣立つものだぞ、若造。

 すると、こちらを見た彼女が、父親へと目を戻してにこっと笑いかけた。

「そんな顔しないでよ。これでも、私は父さんが自慢の父親なんだよ? 最近映画になったやつ、友達と見にいったけど最高だった。まぁ本で読むほうが、ヒロインの気持ちが伝わりやすくて良かったけど」

 娘は父親の扱い方をよく分かっている。共に暮らし始めて、私はそれをよく知っていた。案の定、男は嬉しそうな表情で「そうかなぁ」と照れ隠しの言葉を言って、調子が戻ったように箸を進め始める。

 女と娘が、顔を見合わせて笑った。男が「どうして笑うの」と首を傾げると、彼女達は「なんでもなーい」と声を揃えてはぐらかした。賑やかな三人の食卓が、より温かさに包まれる。

 私は、それを見るのが何よりも好きだった。その中で私も暮らしているのだと思うたび、胸の辺りがじんわりと暖かくなるのだ。

「クロ、おいで」

 食事を終えると、男がそう言って膝の上を手で叩いた。