「テニスは楽しい?」

 夕食の席で、女が娘に聞いた。

 私は、男の膝の上に座って欠伸をこぼしたところだった。問われた娘は、活気に満ちた瞳を和らげてこう答えてきた。

「勿論! 新しいシューズを買いに行きたいから、明日の帰り、迎えに来てもらってもいい?」
「ふふ、いいわよ。ついでに、お父さんのスーツも買わなくちゃね」

 女がそう口にした途端、男が味噌汁を喉に詰まらせて激しく咳込んだ。男の足がぐらぐらと揺れて、かなり寝心地が悪くなってしまった私は下に降りた。

 そのままソファに向かい、私専用のクッションに腰を降ろす。こちらを男が名残惜しそうに見つめている前で、女と娘が可笑しそうに笑った。

「父さん、来週作家同士での食事会でしょ? そろそろ新しいのを買わなくちゃいけないんじゃないかな、って私は思うよ」
「優花の言う通りよ、あなた。今回は、あの佐上先生たちもいらっしゃるんでしょう?」
「うん、まぁそうなんだけど……。でも、わざわざスーツを新調する必要はあ――」
「あるに決まってるでしょ。あなた、自分の格好に無頓着すぎるのよ。私たちのだけじゃなくて、ちゃんと自分の衣服もいいものを揃えてください」

 そうぴしゃりと言われた男が、気圧されて「はいッ」と答えた。まさかあんなに大きな会になってしまうとは、ともごもご呟きつつ食事を再開する。

 相変わらず男と女は成長しないな、と私は二人を見つめながらそんな事を思った。そのうち、あと数年もしないうちに娘に成長を追い越されてしまうぞ。