伊藤家での毎日は、驚くほど平和過ぎて早々と過ぎていくようだった。

 男は、毎朝食事を済ませると、書斎と呼ばれる部屋に閉じこもる。そして妻である女の方は、紺色の制服を着た娘と家を出ると、決まって夕方になってから一緒に帰ってきた。

 そんな中、私は大抵、朝は太陽の光を浴びながら眠っていた。腹が減れば用意されたご飯を食べ、暇になれば家の中を歩き回り、時々部屋から出て来る男の相手をしたりする。

 その暮らしが始まって、私は世界に、季節というものがあるのを知った。

 よく眠れる春と秋が、私はとくに好きになった。

 季節ごとのイベントが、慌ただしくも思えるほど色々と続いた。そのたび、私も彼らと一緒になって美味しい物を食べることが出来た。

 出会った時、ちんまりとしていた中学一年だった娘は、驚くほど速く大きくなっていった。しかし私の身体は、その何倍もの速さで成長し――いつの間にか私の身体は、とうに私の精神年齢に追いついた。

             ※※※

 三度目の春、娘は高校へと進学した。

 二つ結びの髪は短くなって、母である女に似て一層可愛らしくなった。進学して早々に部活というものを始め、仕事に出ている女よりも遅く帰宅することが多くなった。

 そのおかげか、力も随分強くなったようだった。小麦色の焼けた腕で抱きしめられると、私は苦しくて思わず「ぎにゃ」と奇声を上げたりした。娘は「ごめん、ごめん」と言いながらも楽しそうに笑っていて、私の頭にぐりぐりと顔をこすりつけてくるのだ。