お前でいい、頼むから何かまともな意見をくれ、と私は男に言った。こちらへ目を戻した男が、私を見つめながら顎に手を当てた。

「うーん、そうだな…………あ。クロ、なんてどうかな」
「クロ? なんか普通でやだなぁ」

 娘が、そう言って頬を膨らませる。

 私は、男が呟いた名を口の中で反復してみた。とても単純な二文字だったが、しっくりときて私にとても相応しい名のように思えた。

 気に入った、と私は口の端を引き上げた。男よ、私のことはクロと呼ぶがいい。

「あら、なんだか仔猫ちゃんも気に入ったみたい」
「えっ、そうなのかい?」

 男が、目を丸くして私を覗き込んだ。

「君は、僕が考えた名でいいのか……? ああ、てっきり嫌われているのかもと思ってたけど、見てごらんよ。僕を真っ直ぐ見て『にゃー』だって」
「ふふっ、私に黙ってこっそり買っていた缶詰効果かしらね」

 女が口許に手をあてて笑った。どこか嬉しそうに目を細めた彼が、潤んだ目を一度擦ってから、どこか誇らしげに胸を張って私の頭を撫でた。

「今日から君は、伊藤家のクロだ。よろしくね」

 随分懐かれたようだし、仕方がないから世話になってやろう。

 私はそう答えて、そのまま深い眠りに落ちていった。