私のすぐそばで布の擦れる音がして、大きな手が私の頭をそっと撫でた。

「うーん、そうだなぁ……名前かぁ。考えてなかった」
「アレクサンドリア! 絶対それがいい!」

 突然、きんきん声で娘が叫んできた。

 私は、本能的に危機感を覚えて飛び起きた。ガバリと目を向けてみると、正面には男が座っており、その隣で女と娘が引き続き言葉を交わしている姿があった。

「ねぇお母さん、そうしようよ。アレクサンドリア、格好良いでしょ?」
「なんだかギラギラしすぎじゃない……? それにね、子猫ちゃんはメスみたいだし――」
「そこがまたいいのよ! じゃあエリザベイトとかは!?」

 冗談じゃない!

 娘の考えた名前を聞きながら、私は心の中で叫んだ。好みからあまりにも遠すぎる名前に、私は自分がそう呼ばれているところを想像して、ゾッとした。

 長くて、ぎらぎらした名前は勘弁だ。

 そう思った私は、もっとましなのはないか、と今度は男の方に訴えた。彼は宙を見やっていて、悩むように小首を傾げてこちらに気付いていない。

 私には、もともと名前がない。

 名がなくとも平気だったが、もし付けたいというのなら、私を指し示すような私らしさのある名前が欲しかった。アレクサンドリア、などといった名は私の趣味ですらない。

 名をくれるというのなら、もっと単純でしっくりとくる短い名がいい。

「ほら、仔猫ちゃんも嫌みたいよ?」

 私が考えを伝え続けていると、ようやく気付いた女が苦笑してそう言った。その通りだ、と私は女を褒めた。

 すると、セミロングの髪を二つ結びした娘は、しばらく考えるようにした。それから両親達が見守る中、唐突に名案でも浮かんだような顔をした。

「じゃあ、日本人名で清少納言とかは? どう?」

 願い下げだ、娘。

 一体誰の名前かは知らないが、私の直感がダメだと告げている。