彼の腕の中は、ひどく暖かかった。

 その熱にどうしてか心地良さを感じて、私は彼の中から逃げることを忘れた。男の腕と服からじんわりと温かさがしみ込む傍ら、私の体温を奪おうとしていた水分が彼に移っていくのが分かった。

 すまんな若造。いいよ、もう降ろしてくれ。

 そう言いながら再び男を見上げた私は、困惑してしまった。こちらを見下ろし覗き込んでいるその男は、今にも泣きそうな顔をしていたのだ。

「迎えに来るのが遅れて、本当にごめんよ。やっと、君を迎えられる」

 男はそう言って、私をぎゅっと抱きしめた。

 誰も迎えに来いなんて言っていない。
 私はそう述べたが、男は何も答えてこなかった。ただただ私を胸に抱えてぎゅっとしていて、どうやら彼は私を手放す気はないらしい――とは理解した。

 しばらくして、男が少しだけ腕の力を緩めて、涙目でにこっと笑いかけてきた。

「うちにおいで。暖かい食事と寝床を用意してあるんだ」

 言いながら歩き出す男の腕の中で、私は先程まで自分の寝床だった居場所を振り返った。だんだんと離れて、雨と暗闇に紛れて見えなくなっていく。

 仕方ない、お前のところに行ってやろう。

 もう泣きそうな顔ではなくなっている男を見た私は、そう言うと、その中で丸くなって目を閉じた。