ああ、寒い。

 私は小さく身震いした。自分の身体を温める策を考えたわけでもないのに、本能が私を生かそうとして身体は自然と丸まり、内側に熱がこもるのを感じながら目を閉じた。

 生きるとは、皮肉なことだと私は思う。

 食べ物が必要で、寝床と居場所を確保しなければならない。

 この冷たい灰色の世界で、何故そうしなければならないのだろう。毎日が空腹と、寒さと、胸にポッカリ何かがあいたみたいな虚しさと――コレをあと何回繰り返せばいいのだろうか。

 その時、一組の慌ただしい足音が、通りの向こうから近づいてくるのが聞こえた。それは水溜まりを蹴散らせて町中を掛け、私のいるゴミ箱のすぐそばで止まった。

 ガシャッと音がして、唐突にゴミ箱が少し動かされた。

 意に、頭上にあるパイプから落ち続けていた雨の雫が、ふっと止む。もう驚く元気もなくて見上げてみれば、そこには伊藤と呼ばれていた、あの眼鏡の男が傘を持って立っていた。

 男は随分と息を切らしていた。地味なズボンは、膝から下がすっかり濡れてしまっている。

「こ、こんばんは」

 呼吸を整えながら、彼が取り繕うようなぎこちない笑みを浮かべて、そう言ってきた。

 私は、そんな男をぼんやりと男を見上げていた。腹はいっぱいだ。お前の持ってくる食事は要らんぞ、と声をかけた。しかし男はそんなことお構いなしに、無造作に片腕を伸ばして、ひょいと私を抱え上げた。