辺りは、ひっそりと静まり返った。けれど女の足音が完全に聞こえなくなったところで、不意に、私の頭や身体に小さな雨粒が当たった。

 見上げてみると、ポツ、ポツと雨が降り出した。それは瞬く間にさぁっと降り始め、夜の町を覆うカーテンのような小雨となった。

 私は、自分の黒い毛並みが濡れていくのを感じながら、ゴミ箱の前で座り込んだまま頭上を眺めていた。


 濡れるぞ。雨をしのげる場所に移動しなければ。

 ぼんやりとそんな事を考えたが、私は何故かそこから動けずにいた。


 そのまま、ゆっくりと通りの左右を見渡した。そんなことをしてしまった自分に遅れて気付き、困惑して黙り込む。

 私は、あの男を待っているわけではないのだ。断じて、そんなことはない。

 昨日まで続けて四回も来ていたというのにとか、帰り際に「またね」と言っていたことが頭から離れないだとか、今日は来ないのだろうかとか……そんなことなど考えたりしていない。

 肌寒さが芯から込み上げてきて、私はぶるっと身震いするとゴミ袋の後ろにあるパイプの下へ身を寄せた。

 私ほどの大きさであれば、パイプであろうと雨避けくらいにはなるのだ。残念なことは地面が濡れるせいで、結局は全身がびしょびしょになってしまうことだろうか。

『おい、そこのチビ。そのままじゃ死んじまうぜ?』

 その時、頭上からそんな猫の声がして、私は表情なくそちらへと顔を向けた。