「はい、まだ開いていますよ。何か買われていきますか?」
「ああ良かった、実は買い物を頼まれていまして。これを一つと、こっちのサシミのパックも一つ、それから……」

 そんなやり取りを聞きながら、私はご飯へと目を落とした。つい先程、そちらへ目を向けてしまった自分に嫌気がさして、ぐっと眉間に皺を寄せて顔を顰める。

 私は、昨日までの四日間ずっと来続けていたあの男のことなど、待ってはいないのだ。そうだ、やつが今日も来ようと、今日こそ来なかろうと、私にはどうだっていいことなのである。

 私はそう思って、紙皿の残り半分のご飯を胃に収めるべくガツガツと食らった。

 こんなに量があれば、私はもう満足である。あの男の缶詰など必要ないほどに。

 通りにある小さな店々が閉まり始め、次第に光も少なくなってきた。気付けば町は夜に包まれようとしていて、辺りに漂う湿気は一段と強くなった。

 食事を終えた私の鼻に、雨の気配がする独特の匂いがついた。

 魚屋にもシャッターが降りた。店主の男が、外階段から二階の自宅へと上がっていく中、女がやってきて、空になった紙皿を持ち上げながら通りの左右を見やった。

「もしかしたら伊藤さん、今日は外出しなかったのかしらねぇ」

 ふん、だからなんだというのだ。

 顔の手入れをしていた私は、先程からその名を聞かされて訝って女を見上げた。そもそも悩むことでもあるまい、と声をかけると、少し残念そうにしていた女の顔に笑みが戻った。

「じゃあね、また明日」

 ああ、また明日。

 私がそう返事をすると、女は去っていった。