彼女が置いた紙の皿の上には、いつも以上に山盛りにされた魚の身があった。

 すっかり腹をすかせていた私は、有り難くそれに食らい付いた。この女は私に害を与えたことはない。今日まで過ごした経験から、警戒については三割ほどゆるめてもいた。

「今日は伊藤さん、まだ見ていないわねぇ……。あなた、見た?」

 独り言のように呟いた女が、そう私に尋ねてきた。

 そう言えば見ていないなと思った私は、けれど何も答えずに食事を再開する。そんなことを私に聞く方が間違いだ。

 私はあの男が来ようが来るまいが、どちらでも構わないのだから。

「おーい、そろそろこっちの商品棚の方もさげてくれ」
「はいはい。あなた、今行きますよ」

 女が店の方に向かってそう答え、「あとで回収しにくるわね」と紙の皿を指して言い、やや小走りで一旦あちらへと戻っていった。

 私は、すっかり人の少なくなった通りを警戒しながら食事を続けた。いつ何が起こるか分からない。右を警戒し、左を警戒し、少し向こうを通っていく人間たちの足音を敏感に拾う。

「こんばんは、まだ開いていますか?」

 そんな穏やかな男の声が聞こえた私は、ハッと顔を上げてしまっていた。

 咄嗟に目を向けて確認してみると、例の女がいる店先に、黒いスーツを着た知らない若い男が立っていた。