文化祭のパンフレットには、曽根崎望という人が書いたらしいテーマソング、『群青、僕ら』の歌詞も載っていた。



****

『群青、僕ら』

僕たちは限られた時間の中で、何かを成し遂げるんだ

僕たちに与えられた時間は短くって たった三年間
その中で何を作り 何を経験して 何を残せるだろう
僕にとっては 一日一日が一瞬
だから前を向いて がむしゃらにやるだけ

坂の上から見下ろした街並み いつか懐かしくなるんだろうな
その時に向かって ただ突き進むしかないから
空は群青、僕らを見てる
僕たちは限られた時間の中で、何かを成し遂げるんだ

僕たちに与えられた三年間の たったひとコマが
ひとつずつ形になり 何か意味が合って 思い出になるのだろう
僕にとっては まばたきするほど一瞬
だから上を向いて がむしゃらに走るだけ

坂の上から見下ろした街並み いつか懐かしくなるんだろうな
その時に向かって ただ突き進むしかないから
空は群青、僕らを見てる
僕たちは限られた時間の中で、何かを成し遂げるんだ

空は群青、僕らを見てる
僕たちは限られた時間の中で、何かを成し遂げるんだ

****




 彼の書いた詩は少しダサくって、演奏にそぐわなくって。でも、『空は群青、僕らを見てる』のところはちょっと好きだな、と思った。

 私だったなら。

 ありえないけれど、もし私が歌詞を書く機会なんかあったなら、なんて書いただろう。『僕たちは限られた時間の中で、何かを成し遂げるんだ』なんてありきたりな始まりにはしなかったかな。

 そう思ったけど、ありえないことを想像するのはやめようと思った。今ここにあるのは彼が書いた詩で、立派な音楽がついてるんだから。



「ねー、ノンなんか変じゃね?」


 アヤがそう言うと、美羽が「ノンはいつも変だよ」と私の頬をつねった。

 ここでからかわないでよ~と笑いはじめるのが私の性格だ。けれどもこの日の、私のぼーっと具合は普通じゃなかった。

 美羽の言葉に反応もせず、体育館から伸びる渡り廊下の、その屋根につながるパイプにもたれかかって、橙色の空を仰いだ。

 オレンジと水色、藍、それから紫色のグラデーション。夕陽を浴びてきらきらと光るイチョウの葉。まるで、ライトが角度を変えるたびに色を変えた、彼の楽器のボディみたいだ。



「恋の匂いがするぜ」



 アヤが私の顔をじーっと見て、そう言った。



「恋!? ノンが!? 誰誰!? アツキ先輩じゃないでしょうねぇ!」



 アツキ先輩狙いの美羽が、睨み顔でそう言う。私ははっと我に返って、にひひ、と笑った。



「そんなんじゃないよぉ」

「怪しい! いつものノンじゃない! ねえアヤ、そう思わない?」



 アツキ先輩を渡すものかと、美羽は私の姿格好をじっと観察した。私が美羽の尋問にたじろいているのをよそに、アヤはスマホをカチカチと弄っている。爪はピンクと白で綺麗に塗られていた。



「お、直子からラインだ」



 アヤが綺麗に整えられた爪で、画面をツーっとスクロールする。



「直子、なんて?」



 美羽がそう聞くと、アヤは下を向いてガッツポーズをした。それから「ひゃっほー!」と叫んだあとで、ニヤニヤと笑って私たちの方を見た。



「直子と一緒に、バンドの打ち上げ行くよ! 六時半から、そこのカラオケ」

「え!? アツキ先輩もいる!?」

「もちろんいるっしょ! 他のバンドの子たちもいるってさ。それから直子情報によると、アツキ先輩彼女いないらしいって!」

「マジで!? ちょ、どうしよ! ねえ、アヤ、ノン! 私服に着替えよう!?」

「私はアイトくん狙いだから、ジャマしないでよ! よし、着替えていこう! ノン、家近所だよね!?」



 何が起きたのか、展開の速さについていけなかった。私がぼけっとしている間に、アヤは直ちゃんに高速タッピングで返事をして、次々と情報を得ていた。

 打ち上げにはブラックコーヒーのメンバーが全員来るということ、ショウくん以外は彼女はいないということ、一年生や三年生の他のバンドの子たちも来るということ、カラオケの二時間ソフトドリンク飲み放題コースで、卒業生である先輩たちが保護者がわりに同伴してくれるということ、女子が他にも来るということ。

 情報量が多すぎて、ライブの余韻が醒めない私の頭は混乱するばかりだ。



「よっしゃ、彼氏作るぞー!」



 アヤの声が、夕焼けの空に響いた。坂の中腹から見下ろした街は、冷気を含んで綺麗な光を放っていた。



 私はまだ、ライブの熱気と高揚感に包まれたままだった。