私は心の中の疑問を率直にぶつけた。
四六時中校内のものや人を観察して空想にふけっている私にも、知らない人がいたのか、となんだか悔しい気持ちになるとともに、ノゾムくんとやらに対する興味がふつふつと沸いてくるのを感じる。
優しくてイイやつだけど、普通過ぎて、でも作曲出来ちゃうし楽器も弾けちゃうのであろうバンドのメンバー、ノゾムくん。
それってもう普通じゃないじゃんか、神の領域に近い。なんて思いつつも、どんな人なんだろうという疑問で頭の中はいっぱいになっていた。
「二年D組、曽根崎望。音楽コース選択。『ブラックコーヒー』の歌を全部作曲してる子だよ。あ、『ブラックコーヒー』ってのはショウくんたちのバンドね。いい人だけど、彼女がいるとかは聞いたことないな。顔は中の上。血液型は知らん。誕生日は十二月だと思う。去年のクリスマスライブでお祝いされてたから。担当はベースね。アヤ様の男子情報網、すごいでしょ?」
アヤは背筋をぴんと伸ばし、両手を腰に当てると、どうだ! と言わんばかりに私を見下ろした。思わず拍手をしてしまう。
男の子の情報を日々収集しているアヤだが、ノゾムくんとやらは彼女の恋愛対象には入っていない様子だった。確かに、派手で目立つアヤと、『普通ないい人』くんはとても合いそうもない。
「ベースかぁ。そういえばね、うちのおじいちゃん昔音楽活動しててね、ベースを弾いてたの! うちに楽器がいっぱいあるんだよ」
ベース、という言葉を聞いて、私はおじいちゃんとの日々を思い出した。同居してた祖父は三年前に他界したのだが、それはそれは素晴らしい演奏を聴かせてくれたものだった。立派なベーシストだった。
「ノンには男の子よりおじいちゃんかぁ」
美羽がからかうようにそう言ったが、その言葉の半分は耳に届く前に消えてしまった。おじいちゃんのことを思い出した私は、とてもせつない気持ちになってしまったからだ。
「私は不器用だから弾けないけど、すごいのいっぱい聴いたんだぁ。……うっ、おじいちゃん……」
「ほらほら、そんなんじゃおじいちゃん悲しんじゃうよ?」
「だってぇ」
直ちゃんが私の肩をぽんと叩いて慰めてくれる。それが嬉しくて、私はおんおん
と声をあげて泣いた。
「アヤがノンちゃん泣かしたの~?」と誰かが叫んで、アヤが「ちげーし! と反撃する。教室にはまた人だかりが出来てしまった。
泣き虫、弱虫、いくじなし。
おまけにドジで怖がりな私のことを、やっぱり今日も好きになれそうにない。
けれども、おじいちゃんのことを思い出す中で、心の半分、ううん、それ以上は曽根崎望という人のことを考えていた。
窓の向こうに見える空が藍色に染まり、夜が近づきはじめる。下校の時間が近づいている。繰り返し流れていたBGMも、たった今止まってしまった。
ノゾムくんって、どんな人なんだろう。
その日は立派な秋晴れで、直ちゃんと帰った夜道には星がたくさんきらめいていたはずなのに、私はひとつも覚えていなかった。
イチョウの葉も、坂道から見える夜景も、晩秋の寒い風も、全てが背景でしかなかった。曽根崎望という人のことを考えていたからだ。こんなふうに、ひとりの人のことだけを考えるのは初めてだった。
この時の私は、胸がせつなくなるのは人が去った時だけだって、そう思い込んでいた。おじいちゃんのことを考える以外でせつない気持ちになることが、この先に待っているなんて、知るはずもなかった。
一週間後の十一月末。私は世界でいちばん綺麗なものと出会うこととなる。
四六時中校内のものや人を観察して空想にふけっている私にも、知らない人がいたのか、となんだか悔しい気持ちになるとともに、ノゾムくんとやらに対する興味がふつふつと沸いてくるのを感じる。
優しくてイイやつだけど、普通過ぎて、でも作曲出来ちゃうし楽器も弾けちゃうのであろうバンドのメンバー、ノゾムくん。
それってもう普通じゃないじゃんか、神の領域に近い。なんて思いつつも、どんな人なんだろうという疑問で頭の中はいっぱいになっていた。
「二年D組、曽根崎望。音楽コース選択。『ブラックコーヒー』の歌を全部作曲してる子だよ。あ、『ブラックコーヒー』ってのはショウくんたちのバンドね。いい人だけど、彼女がいるとかは聞いたことないな。顔は中の上。血液型は知らん。誕生日は十二月だと思う。去年のクリスマスライブでお祝いされてたから。担当はベースね。アヤ様の男子情報網、すごいでしょ?」
アヤは背筋をぴんと伸ばし、両手を腰に当てると、どうだ! と言わんばかりに私を見下ろした。思わず拍手をしてしまう。
男の子の情報を日々収集しているアヤだが、ノゾムくんとやらは彼女の恋愛対象には入っていない様子だった。確かに、派手で目立つアヤと、『普通ないい人』くんはとても合いそうもない。
「ベースかぁ。そういえばね、うちのおじいちゃん昔音楽活動しててね、ベースを弾いてたの! うちに楽器がいっぱいあるんだよ」
ベース、という言葉を聞いて、私はおじいちゃんとの日々を思い出した。同居してた祖父は三年前に他界したのだが、それはそれは素晴らしい演奏を聴かせてくれたものだった。立派なベーシストだった。
「ノンには男の子よりおじいちゃんかぁ」
美羽がからかうようにそう言ったが、その言葉の半分は耳に届く前に消えてしまった。おじいちゃんのことを思い出した私は、とてもせつない気持ちになってしまったからだ。
「私は不器用だから弾けないけど、すごいのいっぱい聴いたんだぁ。……うっ、おじいちゃん……」
「ほらほら、そんなんじゃおじいちゃん悲しんじゃうよ?」
「だってぇ」
直ちゃんが私の肩をぽんと叩いて慰めてくれる。それが嬉しくて、私はおんおん
と声をあげて泣いた。
「アヤがノンちゃん泣かしたの~?」と誰かが叫んで、アヤが「ちげーし! と反撃する。教室にはまた人だかりが出来てしまった。
泣き虫、弱虫、いくじなし。
おまけにドジで怖がりな私のことを、やっぱり今日も好きになれそうにない。
けれども、おじいちゃんのことを思い出す中で、心の半分、ううん、それ以上は曽根崎望という人のことを考えていた。
窓の向こうに見える空が藍色に染まり、夜が近づきはじめる。下校の時間が近づいている。繰り返し流れていたBGMも、たった今止まってしまった。
ノゾムくんって、どんな人なんだろう。
その日は立派な秋晴れで、直ちゃんと帰った夜道には星がたくさんきらめいていたはずなのに、私はひとつも覚えていなかった。
イチョウの葉も、坂道から見える夜景も、晩秋の寒い風も、全てが背景でしかなかった。曽根崎望という人のことを考えていたからだ。こんなふうに、ひとりの人のことだけを考えるのは初めてだった。
この時の私は、胸がせつなくなるのは人が去った時だけだって、そう思い込んでいた。おじいちゃんのことを考える以外でせつない気持ちになることが、この先に待っているなんて、知るはずもなかった。
一週間後の十一月末。私は世界でいちばん綺麗なものと出会うこととなる。