流れていた『テーマソング』が鳴り終わって、また同じ曲が最初から始まる。それを合図にするかのように、集まっていた生徒たちは散り散りになって作業を再開した。

 その場に残されたのは私と直ちゃん、アヤ、美羽の四人だけだ。

 いくつかの段ボールを取り囲み、私たちも少しずつ作業に戻る。



「……それよりさ、ノン。文化祭の日、午後一時、空いてる?」



 直ちゃんは周りをきょろきょろと見回すと、少し顔を赤らめてそう言った。

 いつもきっちり羽織られている直ちゃんの紺色のカーディガンが、今日はちょっぴりだぼっとしている気がする。それから、いい匂いがした。肩のところで綺麗に切り揃えられた黒髪は、艶やかでしっとりと落ち着いている。

 テーマソングがせつない旋律を奏で、私たちの上を通り抜けていった。



「うん。その時間は暇だよ。午前中は部誌を配らないといけないけど、すぐ終わると思うし」



 私がそう言うと、直ちゃんはホッとした様子になって、それからますます顔を赤らめた。心なしか声も小さい気がする。機械から流れてくるテーマソングの歌声に、かき消されてしまいそうなほどに。



「……よかった。バンド、いっしょに観にきてほしいの。彼が……、ショウがギター弾くから」

「わぁ、彼氏出るんだ! うん、いいよ」



 私の声に、クラスの何人かがこちらを振り返る。しまった、ちょっと声が大きすぎたかもしれない。

 私は彼氏がいないから分からないけれど、こういう話は大声で話すもんじゃないって、お姉ちゃんが言っていたっけ。



「ありがと。ひとりで観に行くの、なんだか緊張しちゃって」

「何ー? 直子の彼氏のバンド? 私も行きたい! 体育館で練習してるのちょこっと見たけど、カッコよかったよ! 特にドラムの子、イケメンだよね!」



 そばで段ボールに線を引いていたアヤが、顔を上げてそう言った。最近付き合っていた彼を振ったばかりだというアヤは、次の恋に向けて目を光らせているのだろう。

 その隣でスマホを弄っていた美羽も、身を乗り出して会話に混ざる。



「知ってる! アツキ先輩がボーカルなんだよね! ちょーカッコ良くない!? 
ほら、このテーマソング歌ってるのもそうでしょ? イケボすぎるし、こんなの惚れちゃうよね~! もちろん私も行く!」



 テンションが上がった様子の美羽の言葉を聞いて、直ちゃんが「じゃ、四人で行こっか」と提案した。

 バンドのライブなんて観にいくのは初めてで、なんだか緊張するな、と私は思った。

 派手で、目立ってて、きらびやかで、私とは違う次元にいる人たちのような気さえしてくる。文化祭のテーマソングを歌う人たちだなんて、なんかよく分からないけど、きっとすごい人たちなんだろう。

 ドジばかりの私とは、違う場所にいる人たちだ。南高校という同じ空間にいることさえ、なんだか申し訳ないような気持ちになる。



「でもこの曲作ってるのは、メンバーのノゾムくんだよね?」

 アヤがそう言うと、直ちゃんはこくりと頷いた。

 ノゾムくん。誰だろう。

 直ちゃんの彼氏のショウくんはよく話に聞いてるし、ドラムのアイトくんは一年生の時同じクラスだった。ボーカルのアツキ先輩は、良い意味で有名人だから知ってる。去年のバレンタインには、チョコレートを三十六個貰ったらしい。



「ノゾム、私去年同じクラスだったよ。優しいイイやつだけど、普通すぎるんだよね。へえ、そんな才能あったんだ」



 美羽がそう言って、驚いた様子を見せた。直ちゃんも「意外だよね」とつぶやく。


「ノゾムくん? だぁれ、それ?」