帰りたい。




 打ち上げが開始して三十分後には、そう思っていた。

 文化祭のテーマソングを歌った『ブラックコーヒー』のメンバーはあちらこちらから声をかけられているし、他のバンドの人たちは全然知らない人だし、私たち以外は顔見知りっぽくて輪に入れないし。

 付き添いの大学生はビールなんか追加で頼んでるし。タバコ吸ってるし。

 美羽はいつの間にやら、歌ってばかりのアツキ先輩の横を陣取っているし。その向かいに座るさっきの女の先輩が、美羽を睨みながら(?)合いの手を入れているし。

 アヤはアヤで、アイトくんとずーっと喋っているし。肝心の直ちゃんは、ショウくんとどこかに消えてしまったし。

 最初の三十分は、目の前にあるものを食べて頑張って耐えた。

 けれども合コンを彷彿とさせるパーティー感にどうしても馴染めず、私はまた泣きそうになった。



 どうしてこう、泣き虫なのだろう。大学生になったら、直ちゃんをはじめとした友達はみんないなくなるかもしれない。

 それなのに、同じ高校のメンバーで打ち上げをするというだけのこの空間に、どうして馴染めないのだろう。どうしてすぐ泣きそうになるんだろう。



 よし、帰ろう。

 そう決めたのは時計が七時半を回った頃だった。会費は先に渡しているし、トイレにでも行くふりをしてこっそり出ていけばいいだろう。

 直ちゃんに一本メッセージを送っておけば問題ないはずだ。

 そうして私はそろりと部屋を抜け出し、夜の街へと脱出した。



 カラオケの自動ドアをくぐると、冷たい風がさあっと身体を包むのが分かった。

 お姉ちゃんから履かされたブーツの上から、青白くなった足が覗く。今日の朝よりもっと青白い。夜中はもっと寒くなるのだろう。タイツを履いてくれば良かったな、と思った。

 カラオケの敷地を出て、角を曲がる。

 歩行者だけが通行できる長い長い階段へと道は折れて、私は手すりを掴んだ。ひんやりと冬の温度が伝わってくる。息を吐くと、白い気体となって空へと舞い上がった。



「綺麗……」



 何百段もあるコンクリートの階段のそのてっぺん。坂の街の中腹にあるこの場所から見下ろした景色は、宝石のようにきらきらと光っていた。

 明かりがともった遠くの家々では、それぞれがそれぞれの生活を送っているのだろう。

 もしかしたら、ロックンロールを聴いている人もいるかもしれない。恋をしてる人もいるかもしれない。景色を見てぼーっとしている私みたいな人もいるかもしれない。

 この景色を見ていると、泣きそうだったさっきまでの気持ちはどこかに吹き飛んでいった。

 文化祭のテーマソングが頭の中を流れはじめて、私はそのフレーズを口ずさむ。

 僕たちは限られた時間の中で、何かを成し遂げるんだ。そんなダサい歌い出しを声に出して、楽器を弾くまねごとをする。

 イントロの重低音を真似して、「ヴオン!」と叫びながら跳ねた。その時だった。



「花音ちゃん?」